1991年福岡_函館
1991年1月5日&3月10日 写真総数:24枚



 

 

 

 
 
 初めに  [TOP]
 
 1991年は1月は九州、3月は北海道(函館)と移動が激しい年でした。
 

 
 1991年1月5日 筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)  [TOP]
 
 

 
 1991年1月5日 敵国降伏  [TOP]
 
WIKI によれば「元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた[2]。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。」とある。所在地は「福岡県福岡市東区箱崎一丁目22-1」
 

 
 1991年1月5日 蒙古軍船 碇石  [TOP]
 
文化財情報検索 によれば「博多湾を中心として発見される特殊な考古資料に、「蒙古碇石」がある。
 全長が2〜3mの角柱状の石で、中央部が最も広く、両端がややせまくなっている。表面に粗い加工痕があり、稜線を面取りしたものもある。中央部に広狭2つの枠帯・溝が掘り込まれ、碇として固定するための工夫がみられる。現在のところ佐賀県呼子町可部島の全長320cmが最も大きい。重量は190〜584kgと幅がある石材は凝灰岩質砂岩ないし花崗岩が大半を占めるが、玄武岩製もある。
 これらの碇石の年代を特定する資料はないが、供養塔に転用され、延文3年(1358)や正安4年(1302)の年号が彫り刻まれているものがある。この事例から14世紀には他へ転用されていたことが想定され、二度にわたる蒙古襲来(1274年と1281年)時に、元の軍船に使用されていた可能性は高いが、平安時代以来頻繁に来航した宋の商船に装着されていた可能性も少なくない。
 筥崎宮の蒙古碇石は一の鳥居をくぐって、参道の南側、唐船塔・大楠の向かい側にある。現在、2個の碇石が据え置かれているが、向かって手前の碇石が指定を受けているものである。」とある。
 

 
 1991年3月10日 函館ー青森_快速海峡  [TOP]
 
青函トンネルは1988年3月開業しましたので、開業後3年でのスナップということになります。
 

 
 津軽海峡俯瞰図  [TOP]
 
函館駅で1991年3月10日撮影、現在(2022年)あるかどうかは不明。
 

 
 海峡トンネルの模式図  [TOP]
 
函館駅で1991年3月10日撮影、トンネルの海峡部23km300m、全長は53km850m
 

 
 函館駅  [TOP]
 
1991年3月10日10時37分撮影、正面入り口の看板に「より速くより快適に! 3月16日ダイヤ改正 津軽海峡線電車特急 はつかり 140km/h運転」とある。
 

 
 函館シーポートプラザ  [TOP]
 
函館市で1991年3月10日10時55分に撮影。 ブログ によると「旧シーポートプラザは、青函連絡船乗り場・待合室だった建物を1988年の青函連絡船廃止後に改装、様々なテナントが入居する複合商業施設として1990年オープン。
旧シーポートプラザ(2013年解体)と摩周丸その後、函館麦酒工房(その後事業清算)の地ビール「Beelong’s(ビロングス)」ブランドのレストラン・ビール製造施設、2005年春には国内最大級のクラシックカー博物館を備える「クイーンズポートはこだて」としてなどなど、主に集客型の商業施設として様々に活用されました。2008年より閉鎖されていましたが、2013年冬からの工事で解体されました。
土地所有者であるJR北海道の意向として、跡地は当面は駐車場としての利用を予定しているとのこと。
隣接する函館市青函連絡船記念館摩周丸は現在も営業中です。」とある。
 

 
 大型木造建築  [TOP]
 
海岸近くなので倉庫かなにかだろうか
 

 
 豊川稲荷神社  [TOP]
 
ブログ によると「 文久元年5月町内の守護として創建されたことに始まる。明治3年町内より出火の際に類焼、同年7月6日新たに社殿を建立したが、明治32年9月15日に再び町内からの出火で類焼、ただちに再建するが、更に明治40年8月の大火災で類焼し、同年12月に移転、社殿を新築した。昭和4年10月10日に、社殿の老朽化がすすみ、狭隘であったので改築するが、再び昭和9年3月の大火で消失したため一時函館八幡宮に仮奉遷されたが、昭和15年に現在地に社殿が建立され、奉遷された。以前は函館八幡宮の摂社であった。」とある。ストリートビューは コチラ
 

 
 豊川稲荷神社社務所  [TOP]
 
2022年現在ものこっている建物です。ストリートビューは コチラ
 

 
 明治館  [TOP]
 
ストリートビューは コチラ 。現在はツタでびっしり覆われている。 ブログ によると「はこだて明治館がある場所は明治44年(1911年)に、北海道の玄関口だった函館に道内初の郵便局として建造された旧函館郵便局です。戦火を耐え、この地の歴史を語る建造物として今日に至るまでその形を残しています。函館郵便局はその後、移転し、名称を中央郵便局と変えました。赤レンガが特徴とされる歴史的建造物「旧函館郵便局」は「はこだて明治館」としてショッピングモールに生まれ変わったのです。館内では北海道の民芸品や硝子製品、オルゴールなどのお買い物、硝子製品やオルゴールの体験ゾーンもあり、ご家族でゆっくりお楽しみいただけます。」とある。
 

 
 ガラス工房  [TOP]
 
明治館のなかだろうか?
 

 
 和洋折衷的な建物  [TOP]
 
 

 
 レンガ風の外壁  [TOP]
 
 

 
 木造建築  [TOP]
 
 

 
 大黒柱?  [TOP]
 
と思ったら、実は電柱(次の写真に全体が写っている)
 

 
 白木の電柱  [TOP]
 
コールタールもなにも塗っていないが大丈夫か、木造にみえるが、コンクリートかもしれない。 ブログ によると、「函館の日本最古のコンクリート電柱」とのことらしい。住所は函館市末広町15。ストリートビューは コチラ
 

 
 蔵に後付けの出窓  [TOP]
 
 

 
 坂の街・函館  [TOP]
 
 

 
 蔵に後付けの出窓2  [TOP]
 
 

 
 洋館  [TOP]
 
見た目は面白いが、住むのはどうだろう
 

 
 真宗大谷派東本願寺函館別館  [TOP]
 
WIKIは コチラ
 

 
 函館ハリストス正教会 復活聖堂  [TOP]
 
 

 
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