1992年_柴又帝釈天
1992年 写真総数:15枚



 

 

 

 
 
 初めに  [TOP]
 
 1992年柴又帝釈天付近を歩いた時の写真です
 

 
 1992年1月13日 金玉堂(神保町)  [TOP]
 
気になる名称はきんぎょくどうですから、間違えないように、画材店のようです。きになったひとは他の ブログ でも見てください。
 

 
 1992年1月13日 焼肉ピカ(神保町)  [TOP]
 
 

 
 1992年1月13日 GAIA お茶の水  [TOP]
 
店の前で、ひょうたんを使った木管ピアノ?で演奏していた。GAIAお茶の水て店の紹介は コチラ
 

 
 1992年1月13日 GAIA お茶の水  [TOP]
 
 

 
 1992年1月13日 1992年1月13日 GAIA お茶の水  [TOP]
 
 

 
 1992年1月13日 柴又駅(京成電鉄)  [TOP]
 
柴又の由来は 日本大百科全書 によれば「東京都葛飾区(かつしかく)東部、江戸川に臨む地区。江戸川・中川間の低地で、古くは入り江でいくつかの島が点在したことから嶋俣(しままた)とよばれ、その後、柴俣、芝又と記され、1629年(寛永6)創建の題経寺(だいきょうじ)(柴又帝釈天(たいしゃくてん))の門前町として知られるようになった。」とある。
 

 
 1992年1月13日 柴又小学校  [TOP]
 
 

 
 1992年1月13日 柴又駅  [TOP]
 
 

 
 1992年1月13日 柴又帝釈天  [TOP]
 
 

 
 1992年1月13日 柴又帝釈天の鐘撞堂  [TOP]
 
 

 
 1992年1月13日 柴又帝釈天の御神水  [TOP]
 
「柴又帝釈天の産湯につかり」と寅さんシリーズにあるので、それ関連か、 ブログ によると「寅さんで有名な柴又帝釈天は、正式には日蓮宗題経寺というお寺です。
江戸時代寛永年間(1624?44)に、日栄上人が「瑞龍の松」と呼ばれる松の根元からわきだしている水を発見したといわれ、その水がきっかけとなり日栄上人はその地に後の題経寺のもとを開くことになったとされています。江戸時代から人々はこの水を飲み健康を祈念してきました。
境内に入ると向かって左側にその御神水を見ることができ、備え付けの柄杓を使えばその水をそのまま飲むことができます。この名水を目的に帝釈天を訪れる人も少なくないといわれます。」とある
 

 
 1992年1月13日 柴又帝釈天  [TOP]
 
柴又帝釈天とは WIKI によると「江戸時代初期の寛永6年(1629年)に、禅那院日忠および題経院日栄という2名の僧によって開創された日蓮宗寺院である。18世紀末、9世住職の日敬(にっきょう)の頃から当寺の帝釈天が信仰を集めるようになり、「柴又帝釈天」として知られるようになった。帝釈天の縁日は庚申の日とされ、庚申信仰とも関連して多くの参詣人を集めるようになった。 」とある。
 

 
 1992年1月13日 矢切の渡し  [TOP]
 
WIKI によると「矢切の地名は、江戸川の渡し舟として有名な矢切の渡しの由来でもある。江戸川を挟んで矢切と東京都葛飾区柴又を結んでおり、現在も渡し舟が運航されている。片道の料金は大人200円、子供・自転車各100円(2018年12月時点)[15]。「房総の魅力500選」に選定されている[16]ほか、柴又帝釈天界隈とともに環境省の「日本の音風景100選」に選定されている[17]。」とある。
 

 
 1992年1月13日 金町浄水場第三取水塔  [TOP]
 
やねの上にある丸い帽子がないのは何故か、この ブログ の写真(2003年撮影)ではドーム上の屋根があるが、当写真(1992年撮影)では見られない、橋の色が青から緑に塗り替えられたときに、ドームが追加されたのかもしれない。
 

 
 1992年1月13日 金町浄水場第一取水塔  [TOP]
 
ブログ によると「江戸川河口から17km上流に位置する金町浄水場取水塔は、三角形のトンガリ帽子の屋根を有するレンガ造りの第2取水塔(昭和16年築)、昭和39年完成のドーム型屋根の第3取水塔という2基の取水塔があり(大正15年築の第1給水塔は、第3給水塔完成時に破却)、この取水塔から江戸川の表流水を取り入れ、金町浄水場内へ導水。」とある。
 

 
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