1993年_福島県棚倉町
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 初めに  [TOP]
 
 1993年に福島県棚倉(たなぐら)町を歩いた時の写真です。
 

 
 1993年10月16日 福島県棚倉町  [TOP]
 
 
 

 
 1993年10月16日 切妻&窓の形が面白い  [TOP]
 
 
 

 
 1993年10月16日 倉庫  [TOP]
 
棚倉街道にあったものだろうか、棚倉街道については コチラ に「棚倉街道概要: 棚倉街道は水戸城下(茨城県水戸市)と棚倉城下(福島県棚倉町)を結ぶ街道で、主に棚倉藩の参勤交代で利用されています。古代の官道として古くから常陸国内での主要幹線の1つで、戦国時代には常陸の大名だった佐竹氏が南奥羽進出の軍事道として利用されました。 」とある。そしての中に白河宿、棚倉宿、町屋宿、太田宿とあるが、町屋宿「町屋宿は棚倉街道の宿場町で、本陣は平山家が歴任に江戸時代末期には醸造業を務めるなど宿場の有力者として知られていました。現在でも街道沿いには大型な町屋建築が点在し往時の雰囲気を留めています。 」で撮った倉庫かもしれない。 福島県の古い町並み のブログでは
「●城下町らしい風情 江戸時代は棚倉(たなぐら)藩城下町で常陸太田街道沿いの宿場町でもあります。当時,宿場は新町,古町に,さらに文化14年(1817)ごろは,下町,鉄砲町もできてかなり賑わいました。
 2,7の日には六斎市が開かれ,10月には馬市が開催。
 棚倉古町バス停周辺に,蔵造りや板塀の続く町家が残っています。また「城下町くらしの資料館」なるものがありましたが閉館していたのが,残念です。でも意外にも城下町らしい風情が感じられました。地名の由来は、東北地方で始めて稲作が導入されたころ、種を保管する倉が置かれていたからとか。」
 

 
 1993年10月16日 棚倉城址の大ケヤキの巨樹  [TOP]
 
この大ケヤキの案内板は コチラ 内容は
   福島県指定天然記念物
      棚倉城跡の大ケヤキ
        昭和51年5月4日指定
     元和8年(1622)に棚倉藩主となった丹羽長重は、寛永2年(1625)この地に鎮座していた
    近津明神―現在の馬場都々古別神社を遷宮してその境内地に棚倉城を築城しました。
     この大ケヤキは近津明神の御神木で、形が優れていたから残されたと伝えられています。樹齢は約6
    00年、根周りは13m、二個の瘤のある周囲は9,5m、樹高は32,3mです。
     なお、町では、先人が育んで来た歴史の生き証人である大ケヤキを後世に継承するため、樹木の保護
    及び育成環境の保全に努めています。
 

 
 1993年10月16日 棚倉城址の大ケヤキ  [TOP]
 
 
 

 
 1993年10月16日 棚倉城址のヒガンバナ  [TOP]
 
 
 

 
 1993年10月16日 菊地  [TOP]
 
 
 

 
 1993年10月16日 中華美味しんぼ  [TOP]
 
検索すると ココ (福島県東白川郡棚倉町大字棚倉字城跡50-1)にありました。最寄り駅は水郡線の磐城棚倉駅。福島県ウオーキングの時の写真かも、
 

 
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