1994年ごろ_福島駅周辺
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 初めに  [TOP]
 
 1994年ごろ福島駅から東北本線沿いに北上した時の写真です
 

 
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福島駅?
 

 
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いま電気は ヘルシーに暮らすためのエネルギー 長崎屋もある
 

 
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アパート群
 

 
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FTV
 

 
 1994年ごろ 福島周辺  [TOP]
 
信夫山自然公園案内、昭和51年(1976年)10月建設とある。信夫山自然公園関連のブログによると「福島市の真ん中にぽっかり浮かんでいるような福島市のシンボル信夫山は、熊野、羽黒、羽山の三山からなり、羽黒、月山、湯殿の三神社がまつられ、古来から信仰の山とされ、「御山(おやま)」と呼ばれてきました。」「信夫三山暁まいり(2月10日・11日)長さ12m、幅1.4m、重さ2tの日本一の大わらじを約100人で担ぎ上げ、福島駅前など市内目抜き通りを練り歩いた後、信夫山の羽黒神社へ奉納します。各御旅所では御山太々神楽(福島市指定無形民俗文化財)の舞も見ることができる。」信夫山の 成因 は「海底だった福島盆地
1000万年前ごろ、福島一帯は海底の時代でした。やがて奥羽山脈が隆起を始め、500万年前ごろに福島は陸化しました。あちこちで火山活動がさかんになり、信夫山の地下にもマグマが貫入しました。50万年前ごろ、福島盆地は逆に陥没し始めましたが、マグマの影響で固くなっていた信夫山は、そのまま取り残されて残丘となったのです。山頂にある化石は、海底時代の名残です。」
優秀な金鉱だった信夫山
マグマが貫入した信夫山には、熱水鉱床が残されました。その成分はなんと金だったのです。信夫山の金鉱は優秀で通常1tあたり7gの金が含まれていれば採算が取れるといわれましたが、信夫山は平均14gもありました。鎌倉時代の後期あたりから発掘がはじまり、信夫山には沢山のたぬき掘りの跡がのこっています。
本格的に採掘したのは大日鉱山ですが、信夫山は小さな山なので掘り尽くされてしまいました。有名な金龍坑は、昔子どもが二人も落ちて亡くなり、取材カメラマンも落ちて亡くなりました。
現在は塞がれていますが、北口はいまも開いています。また、信夫山西端の山根坑は、終戦間際、軍の秘密地下工場にもなりました。
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 福島県護国神社(信夫山自然公園内部)  [TOP]
 
由緒 当神社は明治12年10月4日社殿造営竣工し、初代宮司富田等弘が県内三カ所(相馬、三春、若松)の招魂場におまつりした英霊を合祀し、戊辰の役から大東亜戦争までの殉没者6万8490余柱をおまつりしてあります。
 此の神社は皇室よりの御参拝を賜り幣餅料を捧げられた由緒の深い神社であります。
 また明治の初めから指定官祭福島招魂社となり、戦時中官祭福島県護国神社と改称し戦後、宗教法人福島県護国神社となりました。
 本年で鎮座百年になりました。
 昭和55年(1980)10月16日
 福島中央ライオンズクラブ
 

 
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奉納わらじ
 

 
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神社
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 東福島駅  [TOP]
 
東福島駅の WIKI によれば「東福島駅(ひがしふくしまえき)は、福島県福島市にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)東北本線の駅である。」
 

 
 1994年ごろ 福島周辺  [TOP]
 
ヨークベニマル とは「食料品を中心に衣料、雑貨などを扱うスーパーマーケットで、店舗数は233店である(2021年2月現在)[1]。福島県、宮城県、山形県、栃木県、茨城県でドミナント出店している。」
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 忠魂碑  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 祠  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 大谷石?  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 火の見やぐら  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 土蔵  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 道端の巨石  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 駅の油庫  [TOP]
 
関連ブログ によると「古くからある駅を見ると、片隅に煉瓦造りの小さな倉庫を見かけることがあります。見るからに古そうな造りで、駅の構造物に興味がなくても、思わず目を向けてしまうその倉庫。これこそが、明治・大正期の残存物である油庫なのです。これら油庫が造られた当時は、未だ街自体が電化されておらず、客車の夜間の”灯り”には、軽油を使ったランプ等が一般的でした。このランプに使用される燃料を貯蔵されていたのが、この油庫なんですねぇ。」
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 伊達駅  [TOP]
 
WIKI によれば「歴史
開業当時は伊達郡長岡村にあることから長岡駅と称したが、信越本線長岡駅との駅名の重複を避けるため、1914年(大正3年)12月に、郡名から駅名をとって伊達駅と改称した[1]。長岡村はその後、町制施行や町村合併で伊達郡伊達町、伊達市となって現在に至っている。現在は福島県伊達市の代表駅となっている。」
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 タヌキの置物  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 伊達町消防団第1分団  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺  [TOP]
 
「ゆっくり」「ゆったり」「ゆとり」「ゆずりあい」の「フォー『ゆ』(FOR YOU)ドライブ」
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 行政境界 伊達町 桑折町  [TOP]
 
 
 

 
 1994年ごろ 福島周辺 小学校  [TOP]
 
 
 

 
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