1996年礼文島・利尻島 
1996年頃 礼文島、利尻島で撮影

撮影場所(北海道宗谷地方礼文町):写真総数:28枚




 

 

 

 
 スコトン岬周辺の撮影ポイント  [TOP]
 
 

 
 鮑古丹  [TOP]
 
撮影地点●A(上記地図に示す):鮑古丹の北端の崖上から鮑古丹の集落(おそらく番屋)を撮影。2006年ごろの ブログ によれば、鮑古丹の冬を過ごす老夫婦の姿をとったNHKのドキュメンタリがあったようです。
 

 
 ゴロタ山  [TOP]
 
撮影地点●A:鮑古丹の北端の崖上から、ゴロタ山(標高180m)を撮影、突端部分にゴロタ離れ島も写っている。
 

 
 鮑古丹の集落の防風用の壁  [TOP]
 
撮影地点●B:津軽地方では、建物の西側に防風・防砂用に板を建てるが、それとにている。北側にカメラをむけている。
 

 
 鮑古丹神社  [TOP]
 
撮影地点●C:道路側から見上げるように撮影
 

 
 鮑古丹神社の木の鳥居  [TOP]
 
撮影地点●C:最近(2021年)ではコンクリの鳥居になったようだ、グーグルマップは コチラ
 

 
 ゴロタ山  [TOP]
 
撮影地点●C:南に向けて撮影。奥にあるピークがゴロタ山(180m)、右手が海
 

 
 スコトン岬遠望  [TOP]
 
撮影地点●D:北方向を撮影した。スコトン岬は 礼文島北部の海成段丘の例 と知られる。
 

 
 ゴロタ山の海岸断崖  [TOP]
 
撮影地点●E:西方向に向けて撮影、岩肌が美しい。
 

 
 スコトン岬遠望2  [TOP]
 
撮影地点●F:ゴロタ山からスコトン岬と、ちょっと向こうにトド島をのぞむ。
 

 
 ゴロタ山  [TOP]
 
撮影地点●G:ゴロタノ浜からゴロタ山を撮影
 

 
 ゴロタ山2  [TOP]
 
撮影地点●G:ゴロタノ浜からゴロタ山を撮影
 

 
 鉄府から西方向を望む  [TOP]
 
撮影地点●H:
 

 
 澄海岬(スカイみさき)  [TOP]
 
地形図は コチラ 、岡田ノ崎という地名の部分を俗称で澄海岬(スカイみさき)と読んでいるようだ。公募で決めたという話もあるがはっきりとわからなかった。
 

 
 澄海岬2  [TOP]
 
 

 
 西上泊(にしうえどまり)漁港  [TOP]
 
スカイ岬から西上泊を撮影。 「愛とロマンの8時間コース」 (WIKI)と名づけられたロングトレイルの中間地点になる。この岬の地形の解説がこちらの ブログ の中ほどにある。
 

 
 丸い山  [TOP]
 
西上泊の山の部分にある神社付近から東方向にある丸い山を撮影。
 

 
 周氷河地形?の丘陵  [TOP]
 
グーグルマップは コチラ 、東側を撮影したと思われる。礼文島のなだらかな地形については コチラ
 

 
 丘陵2  [TOP]
 
 

 
 丘陵3  [TOP]
 
 

 
 礼文町立神崎小学校(2016年閉校)  [TOP]
 
二宮尊徳像が見える、ひょっとしたら、最北端の二宮尊徳像かもです。WIKIによれば船泊小学校に統合された。礼文町教育委員会によれば、神崎小学校は平成28年3月閉校(船泊小学校に統廃合)とのことである。平成28年とは2016年である。2015年撮影のグーグルでは神崎小学校の場所は コチラ 。当然校舎はある。今現在(2021年)については校舎があるかは不明。
 

 
 何故か仏像が  [TOP]
 
 

 
 久種湖(くしゅこ)から利尻島  [TOP]
 
久種湖の WIKI によれば「久種湖(くしゅこ)は、北海道北部、宗谷総合振興局管内礼文郡礼文町にある淡水湖である[2]。「湖」と名の付く中では現在日本の施政権が及ぶ範囲において最北端の湖である。モスリート若しくはクシケントが語源とされアイヌ語で「山越えする沼」の意[3]。利尻礼文サロベツ国立公園に含まれ、また環境省により重要湿地のひとつに指定されている[4]。 」
 

 
 バス車内  [TOP]
 
船泊から香深(かふか)へむかう
 

 
 利尻島  [TOP]
 
香深(かふか)にて撮影
 

 
 利尻島2  [TOP]
 
船上(香深港から鴛泊港)から利尻島を撮影
 

 
 知床稲荷神社  [TOP]
 
グーグルマップは コチラ
 

 
 鴛泊港のペシ岬  [TOP]
 
グーグルマップは コチラ  ペシ岬のWIKIによれば「北海道利尻富士町の鴛泊港の北側に位置する標高93メートルの岩山の岬である。岬の先端近くの最高部には一等三角点と展望台「ペシ岬展望台」が設けられており、そこから日本海と礼文島、鴛泊港、利尻山、北海道本島を望むことができる。 展望台から岬の先端側に下ったところに白亜の鴛泊灯台が設けられてることから、地元では「灯台山」の通称がある。 岬の遊歩道は2コース設けられており、頂上に上るコースの途中には会津藩士の墓碑が立つ鴛泊ペシ岬広場がある。 」とある。
ここにある会津藩士の死については コチラ が詳しい、中をばっすいすると「 鴛泊港を見下ろすようにペシ岬麓に会津藩士の墓碑があります。時は江戸、今から遡ること約200年前、鎖国下にあった日本に対しロシア側から通商を求める動きが強くなりましたが日本が拒否したため、ロシアから近い利尻島も襲撃に遭い、島民が捕虜に捕られたりしました。こうした動きに対し、幕府は会津藩等諸藩に蝦夷地防備の出兵を命じ、会津藩から利尻島には250名ほどの藩士が派遣され警備に当たりました。しかし、多くの兵は寒さのため水腫病におかされ亡くなりました。それらの藩士を弔った墓碑であり、利尻の歴史上非常に重要な文化財です。 」とある。
 

 
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