1997年戦場ヶ原
1997年頃に撮影

撮影場所(栃木県日光市):写真総数:17枚




 

 

 

 
 夕刻のJR日光駅  [TOP]
 
WIKI によると「1912年(大正元年)8月25日に、現在の2代目駅舎が落成した(起工は同年4月9日)[3]。ネオ・ルネサンス様式のハーフティンバー様式木造洋風建築2階建てで、長らく設計者は不明であったが、2012年に地元の郷土史家の研究で、当時の鉄道院技手の明石虎雄が設計したものにほぼ間違いないと判明した[2]。」、時計の時刻は5時半をさしているのがみえる。
 

 
 日光湯元温泉の源泉  [TOP]
 
日光湯元温泉の源泉
 

 
 日光湯元温泉の源泉2  [TOP]
 
 

 
 湯本旅館送迎バス  [TOP]
 
ボンネットバスに詳しい ブログ によると「湯元旅館 いすゞTSD40(1971年式) 岩手県北バスが所有していた北村製作所製ボディを持つボンネットバス。 日光の旅館が引き取り、綺麗に整備して使用していました。(小野澤正彦様によると、所有者の旅館は廃業しているそうです。)」、このブログにある写真によると、2004/5/12までこのバスは運行していたようです。
 

 
 日光湯元キャンプ場  [TOP]
 
夏も涼しくて快適な日光湯元キャンプ場。冬はスキー場になる広々とした芝生地のキャンプ場で、神秘的な湯ノ湖の近くにある絶好のロケーションです。
 

 
 日光湯元キャンプ場2  [TOP]
 
 

 
 湯ノ湖の釣り人  [TOP]
 
湯ノ湖 とは「湯ノ湖は標高1,478メートルにある山間の美しい湖。湖の東にある三岳の溶岩によるせき止め湖である。また、湖畔は北側の湯元温泉街を除いて、コメツガやダケカンバ等、奥日光特有の美しい自然林で覆われている。この湖の水は湯滝に流れ落ちて、戦場ヶ原、竜頭滝を経て中禅寺湖へと注ぐ。」
 

 
 湯川(日光市)  [TOP]
 
WIKI によれば「湯川は、湖畔に日光湯元温泉を抱える湯ノ湖に端を発する。温泉街の対岸である湯ノ湖南岸から湯滝となって流れ落ち、戦場ヶ原の湿原を緩やかな流れとなって通過した後、下流部で再び渓流となり[5]、竜頭の滝の下流で地獄川の支流[6]として合流する。湯川と合流した地獄川は約0.5km下流[6]で中禅寺湖へと流入する。」
 

 
 湯川2  [TOP]
 
 

 
 戦場ヶ原  [TOP]
 
WIKI によれば「戦場ヶ原(せんじょうがはら)は、栃木県日光市の日光国立公園内にある高層湿原である。標高は約1,390mから1,400mであり、広さは400haに及ぶ[1]。戦場ヶ原という地名は、山の神がこの湿原を舞台に争いを繰り広げたという伝説に由来している[1]。 」
 

 
 小田代ヶ原の貴婦人  [TOP]
 
ブログ によると「早朝の奥日光。ひっそり静かな湿原の中で、一本だけ佇む美しいシラカンバ。多くの写真家を魅了してきたその木は敬意を込めて「小田代ヶ原の貴婦人」と呼ばれています。早朝ともなれば地表からもやが立ちのぼり、幻想的な雰囲気をかもし出します。湿原のそばにそびえる勇壮な男体山の南麓から太陽が顔を出すさまはもちろん、湿原に佇む“貴婦人”が輝きはじめる瞬間は、まさに“貴婦人”の呼び名にふさわしく、何ともいえないほどに幻想的です。薄闇の夜明けに輝く“貴婦人”とあわせてその背景を華やかに演出するも緑とのコントラストもまた、必見です。」とある
 

 
 戦場ヶ原2  [TOP]
 
 

 
 戦場ヶ原3  [TOP]
 
 

 
 戦場ヶ原4  [TOP]
 
 

 
 戦場ヶ原5  [TOP]
 
 

 
 戦場ヶ原6  [TOP]
 
 

 
 戦場ヶ原7  [TOP]
 
 

 
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