1999年高知 
1999年に撮影:撮影場所(高知県高知市):写真総数11枚



 

 

 

 
初めに 
 1999年に高知に行った時の写真です。
 

 
 四国第25番霊場津照寺(津寺)1999年  [TOP]
 
読み方は津照寺(しんしょうじ)、津寺(つでら)とのことです。室戸岬の近くにあります。詳細は コチラ をどうぞ。中の文章で近くにある室津港を創るときに人柱という話がでてくるので、以下に紹介する。「野中兼山の部下一木権兵衛が難工事の築港を命じられ人柱となっており、参道沿いに一木神社としてまつられている。」とある。他の サイト を見ても、この人柱の話はなかった。まあ、寺と神社は違うということだけかもしれないが。ちなみに、この近くの民宿に泊まった。
 

 
 室津港(高知県室戸市)  [TOP]
 
 

 
 高知市の路面電車  [TOP]
 
 

 
 高知城大手門  [TOP]
 
大手門については、 コチラ のブログが詳しい。「高知城の表門(大手)にあたる追手門(おうてもん)は、1801(享和元)年築、高知城にある15棟の国の重要文化財のひとつ。入母屋造本瓦葺で石垣を積み上げ、渡櫓をのせた櫓門で、侵入者に三方向から攻撃を加えることができる造り。追手門櫓の2階には石落としを設ける、塀の一部に武者隠しを配するなど実戦的な造りになっています。」「随所に銅製の金具が施されている点にも注目を。かつては大御門(おおごもん)と呼ばれていましたが、現在では追手門と呼ばれるのが一般的。天守閣と大手門(追手門)が揃って現存する場所は、日本広といえど高知城、弘前城、丸亀城の3ヶ所。そのうち追手門と天主のツーショット写真が撮影できるのはここだけ! ぜひともパチリと1枚記念写真を。」
 

 
 大手門裏側  [TOP]
 
梁の太さがすごい!!!
 

 
 詰門  [TOP]
 
高知城の本丸と二の丸をつなぐ櫓門が詰門。北面は入母屋造り、廊下門(国の重要文化財)に接続する南面は、本瓦葺きとなり、門内に侵入した敵が簡単に通り抜けられないよう筋違いのからくり門としての役目も果たしています。高知城に現存する15棟の国の重要文化財のひとつ。 (*)
 

 
 高知城天守閣  [TOP]
 
 

 
 槇村浩(まきむらこう)の碑  [TOP]
 
wikiは コチラ
 

 
 日中不再戦争の碑  [TOP]
 
高知県国際交流協会の HP に以下の説明がある。
「日本の中国への侵略戦争を反省して、25年の歳月をかけ、多くの県民の方から寄せられた募金で、1992年9月18日に日中不再戦碑が建てられました。」
 

 
 寺田寅彦記念館前の碑  [TOP]
 
高知市寺田寅彦記念館については コチラ が詳しい。冒頭の抜粋を以下に示す。「「天災は忘れられたる頃来る」という有名な言葉を残した寺田寅彦は,物理学者でありながら,夏目漱石との親交もあり,多くの随筆を残す文学者でもありました。その寅彦が,4歳から19歳まで過ごしていた邸宅を復元したのが,この寺田寅彦記念館です。」
 

 
 寺田寅彦記念館  [TOP]
 
内部の様子は コチラ のブログに詳しい
 

 
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