1999年室戸岬 
1999年〜2000年頃に撮影

撮影場所(高知県室戸市):写真総数:20枚




 

 

 

 
 S02形東海道新幹線電車食堂車速度指示計  [TOP]
 
時速210KM達成!おそらく神戸付近だったような、かつては食堂車についていたとのこであるから、ここあたりが食堂車だったのかしらん。詳細記事が コチラ にあり。そこには「世界一の高速を誇る東海道新幹線電車の食堂車には、さらに洗練されたS02形指示計(第22図)が取り付けられるので、室内装飾の重要なポイントとなるであろう。」とある。これは、いわゆる0系新幹線(こだま号)につけられた速度指示計であり、この0系はこちらのブログによると、「 2008(平成20)年の12月14日。初代新幹線0系が営業運転を終了しました。
 0系は同年の11月30日に定期列車としての運転を終了したのち、12月に幾度か「さよなら運転」を実施。そのうち12月14日に走った新大阪発博多行きの「ひかり347号」が、最後の営業運転になりました。」とある。
 

 
 姫路駅  [TOP]
 
向こうに姫路城が見える
 

 
 明石海峡  [TOP]
 
明石と淡路を結ぶフェリー(このときは明石フェリー)から、撮影、向こう側に明石海峡大橋が見える。
 

 
 徳島駅  [TOP]
 
WIKI によると「徳島県の県庁所在地でもある徳島市の中心駅であり、四国旅客鉄道(JR四国)徳島企画部、徳島運転所、徳島保線区が置かれている。高徳線、徳島線、牟岐線、鳴門線の各列車が当駅から発着している。2018年度の1日平均乗車人員は8,129人であった。これはJR四国では香川県の高松駅に次いで2番目に多い乗降客である。 」
 

 
 新町水際公園?  [TOP]
 
WIKI によると「1989年(平成元年)8月に開設された公園で、特徴は、壁泉、湧泉、噴水など様々な水の形態を演出することにより豊かな水空間を創出しており、公園の広場や対岸にあるしんまちボードウォークでは様々な催しが行われる。
公園内にはひょうたん島一周遊覧船の乗船場所があり、ひょうたん島を一周することができる。 」
ひょうたん島とは WIKI によれば「ひょうたん島は面積約1.5km2の中州で、吉野川の分流(新町川、助任川、福島川など)に囲まれており、遊覧船はその河川を伝って島の外側を一周する。
新町川の中流部に架かる両国橋北詰、新町川水際公園から、ひょうたん島を一周する無料の遊覧船が出ている。無料の遊覧船は日本ではこの遊覧船だけである(しかし保険料として100円払わなければならない)。 」
 

 
 丈六せせらぎロード  [TOP]
 
ブログ によると、「[きれいなカラーリング煉瓦が敷き詰められた「せせらぎロード」][何と、丈六せせらぎ音頭♪まであるようです]
せせらぎロードを歩き出すと、用水路で泳ぐ大きな錦鯉に気づきました。[丈六せせらぎロードの説明板]」とある。
 

 
 せせらぎロード2  [TOP]
 
 

 
 力石(丈六寺)  [TOP]
 
ブログ の力石の説明によると「 古代、村の神社(鎮守)や寺院には、力石(ちからいし)という大きな石があって、それを何回持って歩けるかという競技もありました。それは、農耕社会では力技(ちからわざ)が必要であり、石を持って長い距離を歩けることは、~や仏の加護(かご)が強いことだと祝って、それを奨励しました。つまり、力強い労働力を養うために、信仰に結びつけ、力比(ちからくら)べの技を競いました。また、新年には、鏡餅を持ち運ぶ「力餅(ちからもち)」の力比べもありました。
○ 力石
(解説) 力石は日本各地の神社や寺院の境内などにあり、力比(ちからくら)べや力試(ちからだめ)しに用いる石のことです。5斗石、8斗石などと重量が定められています。差し上げれば千人力になるとか近親の病気が治(なお)ると言われています。
 

 
 丈六寺本堂  [TOP]
 
WIKI によれば「寺伝によれば、寺の歴史は白雉元年(650年)に関東地方よりたどり着いた尼僧が、この地に庵を構えたことに始まると伝えられている。室町時代中期の長享・延徳年間頃(1487年〜1491年)、阿波国・三河国・讃岐国の守護大名・細川成之が金岡用兼を招聘し宗派を曹洞宗に改めて中興開山し、伽藍を整備した。
江戸時代になると、徳島藩蜂須賀家歴代藩主が庇護し寺院を整備した。 」
 

 
 丈六寺三門  [TOP]
 
 

 
 丈六寺血天井  [TOP]
 
丈六寺の血天井の紹介は コチラ が詳しい。以下はその抜粋。
2011/10/03 丈六寺。本家である法隆寺には大変失礼な表現ですが、徳島の法隆寺と呼んだりしてます。徳島市丈六町にあり、隣には勝浦川が流れに沿って立地している。蜂須賀家関連の立派な墓石もいくつかあるようです。見た目はかなりの古さ、歴史をを感じさせられる由緒ある寺です。蜂須賀戦国の世、1581年。高知出身の長宗我部元親が徳島に攻め入り失敗、徳島那賀郡の新開入道道善に和議を申し入れ、騙し討ちをして部下共々殺害された。この時の手型や足型の血痕は、拭っても消えなかったらしく今に至ります。その時の怨念であり、無念として、血痕は今なお残っています。
現在、この縁の板は寺の中の徳雲院の天井板として用いられており、手形の血痕らしきドス黒い痕が見つけられます。しかし、実際は平均的な大人の手型より大きいです。
 

 
 茅の輪  [TOP]
 
ブログ によると「茅の輪くぐりとは、参道の鳥居などの結界内に、茅(ちがや)という草で編んだ直径数メートルの輪を作り、これをくぐることで心身を清めて災厄を祓い、無病息災を祈願するというものです。日本神話のスサノオノミコトに由来するといわれ、唱え詞を唱えながら8の字に3度くぐり抜けます。」
茅の輪くぐりは、毎年6月30日に各地の神社で執り行われる「夏越の祓(なごしのはらえ)」で行われる儀式であり、茅の輪くぐりが夏越の祓と同義で呼ばれるほど、日本に定着している風習です。
 

 
 甲浦駅(かんのうらえき)  [TOP]
 
徳島駅から室戸岬へいく鉄道の最南端である。これ以降の線路はない。 WIKI によれば「甲浦駅(かんのうらえき)は、高知県安芸郡東洋町大字河内にある、阿佐海岸鉄道阿佐東線の駅である。駅番号はAK30。東洋町の代表駅ならびに唯一の鉄道駅である。
DMV化により当駅はバスとの切り替えを行う甲浦信号場(かんのうらしんごうじょう)に格下げされ、信号場前のバス停留所(バス駅)より阿佐海岸鉄道のDMVが発着する予定。 」
 

 
 室戸岬  [TOP]
 
室戸岬から北西部にある岬から見た、海成段丘がよくわかる
 

 
 金剛頂寺  [TOP]
 
WIKI によれば「金剛頂寺(こんごうちょうじ)は、高知県室戸市元乙に位置する寺院。龍頭山(りゅうずざん)、光明院(こうみょういん)と号す。宗派は真言宗豊山派。本尊は薬師如来。四国八十八箇所霊場の第二十六番札所である。 」
 

 
 岩戸神社(いわどじんじゃ)  [TOP]
 
 

 
 最御崎寺  [TOP]
 
 

 
 室戸岬灯台  [TOP]
 
 

 
 室戸台風の碑  [TOP]
 
昭和9年の室戸台風の ブログ は「昭和9年(1934)9月21日午前5時、台風が奈半利町に上陸し、その後東北進した。室戸で観測した最低気圧は684ミリ、最大瞬間風速65m、最大風速45で、後日室戸台風と名付けられた。県下では安芸郡の被害が最も激甚であった。被害の最大原因は高潮で、高潮の高さは須崎港で4m、吉良川で6〜7m、室戸付近で12〜13mに達した。10月5日現在の県下の被害は、死者94人、行方不明28人、負傷者508人、全壊851世帯、半壊1,997世帯、流失346世帯、床上浸水934世帯、床下浸水1,757世帯に及んだ。」、碑文は昭和9年海嘯襲来地点の記載、場所は室戸岬にある王子宮の外側にある。
 

 
 室戸岬港  [TOP]
 
 

 
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