2023年10月23日_千姫化粧櫓
 写真総数:20枚



 

 

 

 
 
初めに  [TOP]
 
 2023年10月23日、化粧櫓から姫路城真下まで歩いた時の写真です。
 

 
 化粧櫓付近からの姫路城  [TOP]
 
 
 

 
 百間廊下の外観  [TOP]
 
 
 

 
 「奈良村」の刻印 -西の丸・化粧櫓西側-  [TOP]
 
 姫路城の石垣には、約50種90個の文様や文字などが刻まれ、これらを「刻印」と呼んでいます。刻印は、石の産地、提供者名、運搬作業者名や呪符などではないかと考えられています。
 石垣の地面に近いところに、「奈良村」と刻まれた石があります。江戸時代、姫路市周辺に「奈良村」という地名が存在しなかったため、どこの場所を示そうとしたのかはわかっていません。
 しかし、姫路城内の刻印石で、文字が刻まれているのは、この石だけ。大きな謎に包まれた石を探してみてください。
 

 
 「奈良村」の拡大  [TOP]
 
 
 

 
 化粧櫓付近からの姫路城(2)  [TOP]
 
 
 

 
 千姫化粧櫓  [TOP]
 
 
 

 
 いの門  [TOP]
 
 
 

 
 はの門を北側から撮影  [TOP]
 

 関連ブログ

「はの門」は天守への侵入を防ぐ重要な門、堅牢な楼門で、門扉には石落としが備えられています。しかもいざという時には、両側の石を崩して門を塞いでしまうという構造になっています。
 奥村土牛(おくむらとぎゅう)が描いた『門』(昭和42年)という作品は、実はこの「はの門」の内側から外側を眺めた風景です。奥村土牛、78歳の時の作品で、画面の半分を黒い門が占め、白い土塀と四角い鉄砲狭間が開いた門から見えるという光景です。
 単純な構図ですが「壁などが傷んでいい感じだった」と、奥村土牛は、細部に宿る美しさにこだわったのです。ちなみに『門』は、山種美術館(東京都渋谷区広尾3丁目)が収蔵しています。
 

 
 円弧状の塀  [TOP]
 
 円弧のようにそった塀は珍しい、ストリートビューは コチラ
 

 
 銃狭間  [TOP]
 
 
 

 
 にの門  [TOP]
 
 にの門を東側から撮影、ストリートビューは コチラ
 

 
 にの門(地下)  [TOP]
 
 
 

 
 にの門付近からの姫路城  [TOP]
 
 ストリートビューは コチラ
 

 
 黒く変色した石垣?  [TOP]
 

 兵庫県立歴史博物館の ブログ によれば

 姫路城天守の石垣は、池田輝政の構築以来の400年の歴史を今も刻んでいます。城内の備前丸(本丸)に入ると、白く巨大な天守が立ち上がった威容で圧倒されますが、その際、是非とも石垣の方にも目を向けてみてください。ちょうど地上から2〜3mのところを境に、黄色系の凝灰岩を主体とする石垣の表面において、下方が暗く黒ずんで見えるという色調の変化が認められる筈です。
 この現象は、天守の最下重の屋根とその下の石垣の位置関係がもたらしたもので、軒先から垂れる雨の滴が経年の作用を及ぼし、落下する部分に石垣の変色をもたらしながら、実に400年の環境差(雨の当たるところと、屋根に守られていたところ)を着実に記録し続けていたというわけです。雨天の少ない瀬戸内の気候にあっても、さすがに400年の累積は現況に痕跡を留めます。400年とはどういうスケールの長さなのか。時の経過を実態の感覚として知りたければ、天守の下の石垣にそっとお尋ねください。
 

 
 油壁  [TOP]
 
 
 

 
 油壁(南側)  [TOP]
 
 
 

 
 油壁看板  [TOP]
 

 ほの門から水の一問へは、一旦大きく曲がらないと到達できません。こういう屈曲を「折れ」ともいい、城郭における防御機能の一つで、ここでは油壁を配置することで折れが構成されています。
 油壁は、版築(ばんちく)という工法で築かれた土塀です。型枠を組んで、その枠の内側で粘土と砂を交互に撞き固めていくもので、この工法で築かれた壁や土塀はとても堅固なものになります。姫路城内ではこの場所だけに版築の土塀が残っていますが、その理由も「油壁」の由来もわかっていません。現在は壁土が露出していますが、もともとは白漆喰が上塗りされていたことがわかっています。
 

 
 鯱(しゃちほこ)  [TOP]
 

 ハの渡櫓(塩櫓)の上にあるものと思われる、塩櫓とは ブログ によれば

 中世、近世に築かれた日本の城にとって、籠城対策として、日常の生活に重要なことは水と塩の確保。城内には井戸が掘られ、塩櫓が築かれました。その両方を兼ね備えたのが姫路城の塩櫓です。連続する「ハの渡櫓」と「二の渡櫓」(ともに一重渡櫓)が正式名称。慶長年間の築と推測され、国の重要文化財に指定されています。
 

 
 鯱(しゃちほこ)2  [TOP]
 
 平成15年10月という文字がみえる、おそらく、この ブログ にある鯱のことと思われる。

 15年度は、ハの渡櫓(塩櫓)天保六年製作の鯱を復元新調させていただきました。
 

 
 井戸  [TOP]
 
 塩櫓のなかにある、井戸の深さは15mと書いてある
 

 
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