2023年_青森から大間
 写真総数:30枚



 

 

 

 
 
 初めに  [TOP]
 
 2023年3月30日に青森港からシイライン(23年3月31日に運航中止)に乗り、脇野沢、牛滝、佐井まで行き、佐井で昼を過ごしたと、大間までバスで行ったときの、道中を写真に収めたものです。
青森港940出発
佐井に1205頃到着
料金1810円(半額)
佐井(アルサス前)バス停から上町バス停
佐井1543発〜上町(うえまち)1610着
料金680円
 

 
 2023/3/30 シィライン乗船券  [TOP]
 
青森から佐井までのフェリーのラスト運航(2023/3/31)に合わせて、乗船した。普段は3620円のはずがこの時はサービスで半額の1810円なりであった。出港は9:40。
 

 
 2023/3/30 ポーラスター号  [TOP]
 
車は乗せられないが、後ろのほうに自転車は乗せることはできる。今(2023年)から38年前の春先に自転車をのせて、下北半島を一周したので、まあ、風でよく止まる(15メートル以上で欠航)船なので、春先は欠航が多い、気まぐれな船ではありました。
 

 
 2023/3/30 乗船風景  [TOP]
 
ラスト運航ということで、きたと思われる人が多いような気がした。普段でもこれぐらい乗っていれば、運航中止になることもなかろうにとも、思うが、それは言っても栓無きことなのでしょう。
 

 
 2023/3/30 現在位置を示すモニター  [TOP]
 
船の位置がGPSで表示されている。これは中々、見ていて楽しい。
 

 
 2023/3/30 鯛島  [TOP]
 
しっぽのとんがりが鋭いです。 WIKI によれば「鯛よりクジラに似ているとの」
 

 
 2023/3/30 仏が浦の景観  [TOP]
 

WIKI によれば

 1500万年前に海底火山から噴出した火山灰が押し固められ、それが雨や波で削り取られて形成された[2]。緑色凝灰岩を主とする。それぞれの奇勝には、浄土のイメージを重ねて「如来の首」「五百羅漢」「極楽浜」などの名が与えられている。90メートルを超える断崖もあるなど陸上から近付くのが困難な土地で、長らく地元民のみに知られる奇勝であった。

 

 
 2023/3/30 牛滝港  [TOP]
 

 ここにある小中学校の先生に赴任した友人がいたが、若手なので、こういった僻地に行かされるとぼやいていたが、WIKIでしらべてみると、

 当校は本州で唯一のへき地等級5級の学校だった(2016年3月現在は4級[2])。

という大変な場所だったようだ。
 

 
 2023/3/30 願掛岩付近か  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 佐井港でのポーラスター号  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 青森方面に向けて出発するポーラスター号  [TOP]
 
WIKI によると、「江戸時代には南部藩領となり、ヒバの産地および積出し港として、また、蝦夷地への渡船港として栄える。享和3年、江戸幕府はこの佐井 - 函館(箱館)航路を海峡航路のメインルートと定めている[3]。 」とあり、この付近では重要な港であることがわかる。
 

 
 2023/3/30   [TOP]
 

 佐井村の花はスカシユリとのこと、そして、古語でユリをサイというので佐井村という名前とのことである。
 ユリについての ブログ には

 a 我が国の古典でユリが最初に出てくるのは『古事記』(712)である。神武記に、皇后選定時の逸話   が記載されている。そこには、「山由里草の本名は佐韋(サイ)という」と記載されている。

とある。
 

 
 2023/3/30 アルサス前の錨  [TOP]
 

アルサスとは 佐井村観光協会 によれば

 アルサスは、佐井村の観光・文化・商業の拠点となっています。村の文化を伝えるミュウジアム、イベントが多く催されるホール、おみやげや飲食店などの商業施設も入居しています。天気のよい日には3階の展望室から函館を望むことができます。
定期船、観光船の出発もここからとなっています。

 

 
 2023/3/30 錨の説明  [TOP]
 

 サンフラワー号とは 誕生50年を迎えたサンフラワー号 によれば

 2022年2月1日『さんふらわあ』は誕生50周年を迎えました。初代『さんふらわあ』が運航を開始したのは1972年2月1日。日本高速フェリー株式会社が、名古屋−高知−鹿児島航路に同船を就航させたことが、50年の歴史の始まりです。
 初代『さんふらわあ』はデッキにプール、船内にはディスコやラウンジなどを設備。スペックも国内初の1万総トンを誇り、豪華絢爛な長距離フェリーとして華々しいデビューを飾りました。
 外装に、誰が見ても一目で『さんふらわあ』だとわかる「太陽マーク」があしらわれたのも初代からです。以後、この「太陽マーク」は『さんふらわあ』の象徴となっています。

 

 
 2023/3/30 佐井村商工会  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 クズネツォフ教授碑文の日本語訳  [TOP]
 

 1744年の冬、タラや昆布、魚粕(ぎょかす)などを積んだ多賀丸は佐井湊から江戸へ向かったが難破し、翌年春、オンネコタン島に漂着した。”多賀丸”の乗組員たちはロシアの地にとどまり、ロシア正教の洗礼を受けサンクトペテルブルグとイルクーツクの日本人学校における最初の教師になった。
 また、彼らは、ロシア人に、日本について語った最初の日本人たちの一人だった。
 彼らの悲劇的な運命は日本とロシア両国民相互関係の歴史に残り、彼らについての記憶は日本人とロシア人の心に永遠に残るであろう。
 イルクーツク大学教授 歴史学博士 クズネツォフ セルゲイ イリーチ
 

 
 2023/3/30 アルサス  [TOP]
 
赤十字の旗ひるがえる里
 

 
 2023/3/30 佐井村のメインストリート?  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 三上剛太郎生家  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 旧三上家住宅のパンフ  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 旧三上家住宅のパンフ2  [TOP]
 
レントゲンはこの角のような形で、どう使ったのだろうか?
 

 
 2023/3/30 奥には津波避難タワーが  [TOP]
 
目盛りの単位はメーターだろう、18メートルまでふってある
 

 
 2023/3/30 蔵をヒバか何かで覆っているようだ  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 これもヒバ尽くしの蔵?  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 蔵のすぐ側に家が・・・  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 箭根森(やのねもり)八幡宮  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 箭根森(やのねもり)八幡宮  [TOP]
 

ウエブサイト には箭根石(やのねいし)について

 境内より出土する箭根石(矢じり)は魔除け、厄除けの御利益があるといわれています。
その御神威は高く多くの人から崇められており、代々の南部藩主や新井白石にも献上されています。
多くの参拝者が箭根石をお守りとして持ち帰っていますが、一度に二個持ち帰ると天罰が下ると言い伝えられています。

という記述があります。
 

 
 2023/3/30 ポーラスター号運航終了半額サービス  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 ポーラスター号乗船券発売所  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 多賀丸漂流図  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/30 由来記  [TOP]
 

 延享元年(1744)11月、佐井村の伊勢谷二代目竹内徳兵衛は多賀丸に新鱈等を満載して江戸へ向かったが途中難破し、翌年5月、千島のオンネコタン島に漂着した。
 生存者の10人はロシア皇帝の優遇を得、1754年からイルクーツクの日本語学校教師として活躍した。
 二世のトラペズニコフは寛政4年(1792)、第一回ロシア施設ラクスマン一行の総理として根室と箱館に来航、同じくアンドレイ・タターリノフは露和辞典「レクシコン」を編纂した。
 多賀丸の乗組員とその子孫がロシアにおいて果たした日ロ交流の輝かしい足跡をここに記し、その栄誉を永く後世に伝えんとするものである。

 学術調査隊

 弘前大学名誉教授 工藤睦男
 中央公民館館長 大石健次郎
 調査員 渡邊隆一

 平成10年(1998)11月
 建立 佐井村長 東出昇
 後援 みちのく銀行会長 大道寺小三郎
 

 
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