2023年青森ー脇野沢
 写真総数:13枚



 

 

 

 
 
 初めに  [TOP]
 
 2023年3月27日に青森から脇野沢へと向かうフェリーのラスト運航(料金半額)のため、埠頭に向かうも、強風のため欠航、そのため、その周辺の写真を撮ったものです。
 

 
 2023/3/27 9:05 A-FACTORY  [TOP]
 

 青森駅前にあるシードルとかを販売しているところです。
ブログ によると

 シードル工房では、醸造工程をガラス越しに見学可能。2Fにはシードルのテイスティングができるラウンジがあり、プリペイドのテイスティングカードを購入すると、マシーンが金額分のシードルを注いでくれます。青森県産りんごを使った自家製シードルはどれも個性的。2Fで好みの銘柄を見つけてから、1Fで購入するのがおすすめです。

とあります。シードル好きには天国かも。
 

 
 2023/3/27 9:07 元青函連絡船の八甲田丸  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/27 9:09 青函連絡船戦災の碑  [TOP]
 
横にあるのは可動橋
 

 
 2023/3/27 9:09 青函連絡船戦災の碑  [TOP]
 

 青函連絡船は、青函トンネルの完成により廃止されましたが、80年の歴史の中で、「戦災」の悲劇を忘れ去ることはできません。
 第二次世界大戦末期の、1945年(昭和20年)7月14日、米海軍艦載機の攻撃により、物流の大動脈であった青函連絡船「翔鳳丸」「飛○丸」「第二青函丸」「第六青函丸」が、8月10日には「亜庭丸」が青森湾で撃沈され、131名の犠牲者を出しました。(後略)
 

 
 2023/3/27 9:10 可動橋(列車を船にいれる橋)  [TOP]
 

ブログ によると

 青森桟橋第2岸壁可動橋(青森第二岸可動橋)
 可動橋は、陸上側に支点を持つ「基本桁」と基本桁と船の間で、船の上下・左右動やねじれなどに付き従うことのできる「補助桁」で構成されています。
 青森桟橋第2岸壁の改良型可動橋
1951(昭和26)年〜1988(昭和63)年
 旧型可動橋を、ほぼ新型可動橋の仕様で改造したもので、1951(昭和26)年から1954(昭和29)年にかけて改良されました。
 端桁 全長5m、基本桁 全長28m、補助桁 全長12m
 新型可動橋とは、1944(昭和19)年〜1988(昭和63)年に設置された可動橋の様式で、基本桁(全長28m)の陸側に端桁を設けてレールの折れ曲がる角度を和らげ、3線式の橋桁を鋼製門構からワイヤーで吊り下げ、電動式で上下させました。1975(昭和50)年9月からはリモコン操作が出来るように改良されました。補助桁は全長12mでした。
 青森桟橋第3岸壁に設けられていた新型可動橋では、一般貨車が、基本桁(下端から上端まで3.16m可動)と補助桁(下端から上端まで0.7m可動)の間の角度が50/1000、船の傾きが±4度の時にも最高時速6キロメートルで通れるようになっていました。

 

 
 2023/3/27 9:10 機械遺産 青函連絡船及び可動橋  [TOP]
 

 青函鉄道連絡船は、1908(明治41)年に帝国鉄道庁によって運航が開始され、1988(昭和63)年の青函トンネルの開通までの80年間、北海道と本州を結ぶ物流の大動脈としての役割を担った。
 車両航送は1925(大正14)年より本格的に開始され、船舶への鉄道車両搭載のため可動橋が青森・函館両港に設置された。両港に保存されている可動橋を支える主塔の部分はこの最初期からのものである。また、青森側に保存されている主・副橋桁は、車両通過速度を向上させるよう1954(昭和29)年に改造されたものである。
 船舶は、青森側に「ハ甲田丸」(青森側からの最終運航船)、函館側に「摩周丸」が保存されている。前者は55隻の歴代配属青函連絡船中最長の23年7ヶ月の就航期間を記録している。資料としては、各船の航海日誌、多数の青函連絡船の建造経過写真、航路運航記録、設計図、取扱説明書、事故報告書、海難審判記録などが摩周丸に網羅的に保存されている。
 これら資料は、国内連絡船航路最大の運航回数72万回、輸送人員1億6千万人、貨物2億5千万トンを輸送した青函航路の栄枯盛衰の記録であるとともに、輸送の安定と効率化に尽した技術者たちの記念碑である。
 

 
 2023/3/27 9:13 青函連絡船空襲  [TOP]
 
昭和20年(1945)7月14日と15日、青函連絡船は米軍艦載機による集中的な攻撃を受け、大半が沈没、残った船も大きな損傷を受けた。
 

 
 2023/3/27 9:13 青森大空襲  [TOP]
 
青森市は、昭和20年(1945)7月28日夜、米軍B29爆撃機61機の空襲を受け一瞬にして焼き尽くされ、公式記録では、死者731名、重傷者40名、行方不明者8名、焼失家屋15125戸、罹災者70166名と北日本最大の被害を受けた。
 

 
 2023/3/27 9:14 海上保安庁 おいらせ  [TOP]
 
上甲板にある機銃がいかにも海上保安庁というかんじ、 WIKI によればとから型巡視船とのことである。その説明によると、この機銃は「 遠隔操作型JM61 20mm多銃身機関砲 」とのことである。
 

 
 2023/3/27 9:17 青森-函館間フェリー  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/27 9:18 青森港旅客船ターミナル  [TOP]
 
3月27日のこの日、脇野沢行きのフェリー、9:40分発に乗るつもりで来たのだが、強風のため、欠航となり、残念。
 

 
 2023/3/27 スクリュー  [TOP]
 
 
 

 
 2023/3/27 9:28 スクリュー  [TOP]
 
このスクリューは、青函連絡船「八甲田丸」で使用されていたものです。
 

 
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