2024年_大谷資料館
 写真総数:27枚



 

 

 

 
 
初めに  [TOP]
 
 2024年11月11日、大谷資料館付近を撮影したものです。宇都宮駅からバスでいきました。
<----------------------- 画面の横幅標準(これくらいの幅で見ると見やすい) ---------------------->
 

 
 大谷資料館入口  [TOP]
 
正面の崖は「御止山(大谷の奇岩群)」
 紹介ブログ によると

 「大谷石」と呼ばれる凝灰岩の地層は、約1500万年前の海底火山の噴出物によって産み出され、やがて風雨や河川に浸食されて、独特の景観「大谷の奇岩群」が生まれた。その1つの御止山は、大谷磨崖仏を本尊とする大谷寺の背後にあり、名前は、日光山輪王寺の御用山として、秋に松茸狩りを行ったことから、一般の人びとの立ち入りが禁じられたことに由来する。頂上からの眺めは古くから大谷随一と言われ、大正天皇が度々訪れた。山頂にはその絶景を讃えた大正天皇の言葉を刻んだ記念碑が建てられている。《日本遺産‐構成文化財》

 大谷資料館のHPは コチラ
 大谷資料館の展示内容
 「大谷の地質」
 「大谷石の採掘方法と採掘形態」
 「大谷石地下採掘場跡」
 「大谷輸出、輸送の移り変わり」

 

 
 資料館入口バス停  [TOP]
 
立岩、多気不動尊への案内あり、ストリートビューは コチラ
 

 
 入口手前の小川  [TOP]
 
川の名前は姿川、 WIKI によれば「流域に石室を持つ古墳が多く存在していることから、採掘された大谷石の運搬水路として古代より利用していたと想像されている。下流域にあったとされる下野国府の礎石も大谷で切り出されて姿川を経て運ばれたとされる。
江戸時代に江戸の経済圏に組み込まれた北関東は一円の運搬水路が整備され、姿川でも舟運が行われた。 」
 

 
 周辺案内図  [TOP]
 
(1) 多気山(多気城跡)
(2)大谷の奇岩群(御止山)
(3)大谷の奇岩群(越路岩)
(4)奇岩 「天狗の投げ石」
(5) 大谷寺洞穴遺跡
(6) 大谷摩崖仏
(8) ホテル山(トウヤ砕石場)
(9)カネホン砕石場(高橋祐知商店)
(10)大谷資料館(カネイリヤマ採石場跡地)
(14)渡邊家住宅
(15)屏風岩石材
(16)大久保石材店
(17) 大谷コネクト(旧大谷公会堂)
(19) 大山阿夫利神社
(28) 小野口家住宅
(32) 立岩神社
(33)岩原神社

 

 
 石切り跡  [TOP]
 
 
 

 
 石切り跡2  [TOP]
 
 
 

 
 資料館までの道  [TOP]
 
紅葉が盛りだった
 

 
 資料館前の石切り跡  [TOP]
 
 
 

 
 地下坑内入口  [TOP]
 
 
 

 
 資料館内部  [TOP]
 
大谷資料館HPのギャラリーは コチラ
 

 
 展示物  [TOP]
 
 
 

 
 資料館内部2  [TOP]
 
 
 

 
 資料館内部3  [TOP]
 
 
 

 
 モーターウィンチ  [TOP]
 
 
 

 
 階段  [TOP]
 
 
 

 
 愛の泉  [TOP]
 
愛の泉は氷が解けた時の形がハートがになるのため、このような名前となっているとか、その辺の話は コチラ でどうぞ
 

 
 行幸記念  [TOP]
 
常陸宮・華子妃殿下 御視察(日付不明瞭) 皇太子・美智子妃殿下行幸(昭和55年10月26日)
 

 
 資料館で撮影  [TOP]
 
暗殺教室・るろうに剣心・勇者ヨシヒコと導かれ七人・リアル?、正規の大天才仮面ライダー、*るりは、他の撮影実績は コチラ を参考にどうぞ。
 

 
 地下坑内模型(S=1/100)  [TOP]
 
大谷石地下採掘場跡の、縮尺約1/100のおおよその模型です。
大谷資料館で公開している、かねいりやまの地下採掘場では、大正8年(1919年)から昭和61年(1960年)にかけて採掘が行われました。
残り柱を残しながら、約20,000m3の広さを掘り進み、石材?しました。
 

 
 フランク・ロイド・ライト  [TOP]
 
 フランク・ロイド・ライトはアメリカが生んだ20世紀最高の建築の巨匠です。1922(大正11)年、東京の日比谷公園の向かいに旧帝国ホテルが姿を現わしました。そして、外部・内部共に幾何学的な彫刻が施された大谷石とスクラッチタイルが使用され、その特異なデザインを印象づけていました。
 1923年、関東弾震災が東京を遅い、街は壊滅的な打撃を受けましたが、同ホテルは崩壊を免れ、それにより建築材として大谷石の評価も一段と高まりました。
 震災後、アメリカにいるライトのもとに伝えられたと言われる有名な電報です。
 「ホテルハ貴下の天才ノ記念碑トシテタチ壊ワレズ 家ナキモノ多数完全ナサービスヲウケ祝辞ヲノブ」大倉男爵
 1967(昭和42)年に旧ホテルは解体され、一部が明治村(愛知県犬山市)に移築保存されています。

 

 
 旧帝国ホテル建設に関するライトの記述  [TOP]
 
 もちろん、私は日本で得られる材料を使いたいと考えたのだが、大谷石という敷石に使われていた石を建物に使いたい、といったときには建築委員会の猛烈な反対にあった。これは大きな焼けた褐色の斑点のあるトラーバーディンのような石であるが、この石はあまりにありふれているというのである。しかし私はこれが気に入っていたので、とうとう勝って大谷石を使用した。この石ならいくら使ってもよかった。そして、採石場を日光のそばに一つ買い切り、そこで石を切り出して東京まで船で運んだ。
※「日光のそば」は大谷石を示す。
「ライトの住宅 自然・人間・建築」
フランク・ロイド・ライト著/遠藤楽訳
昭和42年 彰国社
 

 
 旧帝国ホテル  [TOP]
 
1967年に解体、現在は正面玄関ホール部分が 明治村に保存
 

 
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