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| 初めに
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2024年11月13日に東部ワールドスクエアの現代日本ゾーンの建物を撮影しました。
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<----------------------- 画面の横幅標準(これくらいの幅で見ると見やすい) ----------------------> |
| 現代日本ゾーン
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(0)東京スカイツリータウン
(1)国会議事堂 (2)迎賓館 (3)東京駅 (a)東方新幹線・やまびこ (b)中央線電車 (4)東京タワー (5)旧帝国ホテル (6)東京ドーム (7)東京国立博物館・本館 (8)東京国立博物館・表慶館 (9)国立代々木競技場 (10)新東京国際空港・第2ターミナルビル (11)ふじ丸 (12)漁港 (c)運河水門 |
| 東部ワールドスクウェア駅
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WIKI によれば
「東武ワールドスクウェア駅(とうぶワールドスクウェアえき)は、栃木県日光市鬼怒川温泉大原にある、東武鉄道鬼怒川線の駅である[2]。駅番号はTN 55。 東武鉄道の子会社が運営するミニチュアパーク・東武ワールドスクウェアのメインゲートから徒歩1分の位置に2017年7月22日に開業した。」 |
| 東部ワールドスクウェア門
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WIKI によれば
「東武ワールドスクウェア (とうぶワールドスクウェア 、英: TOBU WORLD SQUARE)は、栃木県日光市鬼怒川温泉にある世界各国の遺跡や建築物を再現したミニチュアパーク、またその運営企業(東武ワールドスクウェア株式会社)の略称である。 およそ1986年から1987年に根津嘉一郎(2代目)が着想し、当時の東武鉄道社内に存在した「余暇開発事業部」(通称「余暇開発部」)が筆頭となる形で企画構想を立案、東武鉄道が創立95周年(1992年)の記念事業として5年の歳月と総工費140億円(土地代約30億円、土木・建設工事費約50億円、展示物製作費約50億円、植栽工事費約10億円)を掛けて建設し、1993年4月24日に開業した。メインエントランスを含む主な敷地は海抜(標高)367.77 mに位置する。」 |
| 蒸気機関車「ワイパウ号」
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(3)ウェスタン村を走行する「ワイパウ号」<撮影:花上嘉成氏(2005年12月)>
製造年 1897年(明治30年)5月 製造所 ボールドウィン(アメリカ) 製番 15321 車両重量 18.8t サイズ 長さ8.7m、幅1.81m、高さ2.85m 1897年アメリカ製のワイパウ号は、ハワイのオアフ精糖工場で使用され、その後真珠湾付近のワイパウ工場に配置となり、「ワイパウ」の愛称が付けられた。ワイパウ工場引退後はカリフォルニアの保存鉄道で動態保存されていたが、1975(昭和50年)2月からはサンフランシスコにも近いローリング・キャンプ&ビック・ツリー鉄道に移り、山間を駆け抜けていた。サドルタンク機で水タンクをボイラー室に背負った愛嬌ある姿から、通称「亀の子」と呼ばれ親しまれていたタイプのSLである。軌条間はJR、東部鉄道より狭い914mm(標準軌間1067mm)と云う特殊なゲージを採用し、珍しい軌間の汽車である。 1988年(昭和63年)5月1日オープンした鬼怒川温泉の「ウェスタン村」がアメリカから輸入し、アトラクションのひとつとして活躍、話題を集めていた。 2006年(平成18年)12月「ウェスタン村」旧村後、個人に払い下げられ、縁あって東部鉄道株式会社SL復活運転に伴い2017年(平成29年)7月7日「東部ワールドスクウェア」に移設、保存することとなった。 |
| 東部ワールドスクウェア
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(1)東部ワールドスクウェア入口
(2)周囲の山並み:標高は367mぐらいのようである。 (3)インフォメーション:一日でめぐる世界一周の旅 東部ワールドスクウェアは、世界の有名な建築物や遺跡などを25分の1の縮尺で再現しています。園内にはユネスコの世界文化遺産に登録されている48物件を含め、22ヶ国102点の建造物が精巧に再現されているとともに、世界の人々の生活も身近に感じられます。 現代日本ゾーン、アメリカゾーン、エジプトゾーン、ヨーロッパゾーン、アジアゾーン、日本ゾーンの順に回った。 WIKI には、各ゾーンの展示物の詳細が記述してある。 |
| 国会議事堂
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(2)1920年(大正9年)に着工、1936年(昭和11年)に完成。大蔵省臨時議院建築局の設計で内外の装飾は当代一流の美術家、工芸家、そして多くのすぐれた職人によってつくられました。また建築にあたってはすべて国内の石材が用いられています。
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| 東京駅
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(3)東京の玄関口として建てられたこの建物は、オランダのアムステルダム中央駅をモデルにしたといわれています。戦災によりドームを乗せた屋根が落ちましたが、今なお、わが国最大級の赤レンガ建築で、毎日多くの人々が利用しています。建物は完成当時の東京駅を再現しました。
付帯施設:東北新幹線/中央線電車 |
| 東京駅2
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(1)ミニチュアのヒトの芸の細かさに驚きです。ガードレールにたむろしているのは修学旅行の学生か?
(2)東北新幹線・やまびこと中央線 (3)東京駅を斜めから |
| 迎賓館(東京)1909年
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(2)時の皇太子(後の大正天皇)の東宮御所として計画され、ヴェルサイユ宮殿を手本にしてつくられました。一時期、国会図書館として使用されており、一般の人々にも親しまれていました。1974年(昭和49年)迎賓館として生まれ変わり、国賓のために使用されています。
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| 旧帝国ホテル(旧所在地 東京)1923年 2
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(2)旧帝国ホテルはアメリカの有名な建築家フランク・ロイドライトによって設計されました。全館完成したのが1923年(大正12年)8月で、9月1日の披露式の当日、関東大震災が起こりましたが、建物の被害はのがれました。その後と、海外から多くのお客様を迎え、近代日本を代表する建物として大きな働きをしました。
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| 東京ドーム(東京)1985年
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(2)東京ドームは、日本初の大規模エアードームによる全天候型多目的スタジアムです。それまでの後楽園球場に代わるもので、スタジアムには56,000人が収容でき、プロ野球をはじめ、フットボールやコンサートなどにも使われています。
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| 東京スカイツリータウン(東京)2008〜2012年
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(2)東京都墨田区に日本古来の技を再現するなど最新技術を集めた世界一高い電波塔「東京スカイツリー」は2012年5月22日に開業した。高さは634mで、350mと450mには展望台が設けられ、眼下には東西400m、広さ約3.69haにおよぶ「東京スカイツリータウン」が誕生しました。
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| 国立代々木競技場
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WIKI によれば
「1964年(昭和39年)の東京オリンピックの開催に備えて建設された国立代々木競技場は、同大会のサブ会場として使用されたもので、メインアリーナとなる第一体育館(本館、または「代々木オリンピックプール」ともいう)では競泳競技が、第二体育館(別館)ではバスケットボール競技が開かれた。 第一体育館と第二体育館は、「ダイナミックな外観と壮大な内部空間を有する戦後建築の金字塔」「当時一流の技術者を結集し、前例のない技法、構法を開発、駆使し、意匠、構造、機能を極めて高い水準で融合させて空前のダイナミックな建築を実現した。意匠的にも技術的にも秀でた、戦後モダニズム建築として価値が高い。」などとして、2021年に国の重要文化財に指定された[1]。 」 |
| ふじ丸 1989年
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(2)1989年(平成元年)に就航した「ふじ丸」は、海運国日本とレジャー時代の幕開けにふさわしく、総トン数23,340トン、全長167.4m、全幅24m、旅客定員163室600人の、ハイテク技術を使った豪華客船です。
付帯施設:ふじ丸出航・吹奏楽団/消防艇放水 |
| 東京タワー
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WIKI によれば
「東京タワー(とうきょうタワー、英: Tokyo Tower)は、東京都港区芝公園にある総合電波塔[3]。正式名称は日本電波塔(にっぽんでんぱとう)[4]。 1958年(昭和33年)12月23日に竣工。東京のシンボル、観光名所として知られている。 創設者は前田久吉で、日本の「塔博士」とも称される内藤多仲らが設計(詳細は設計を参照)。 高さは333メートル[1]と広報されており、海抜では351メートル。 着工から1年3か月後(543日間)の1958年12月23日、延人員21万9,335人にて完成し、鉄塔本体の最上部に建設に携わった96人の技術屋たちの名前が刻まれた金属製の銘板[注釈 18]が据えられた[69]。総工費は当時の金額で30億円であった。」 |
| A桟橋とスカイツリー
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A桟橋とは東部ワールドスクウェア紹介の ブログ に
「「A桟橋(アメリカ)19世紀後半 マンハッタンの最南端ニューヨーク湾に面したこの地域は、19世紀にニューヨークの心臓部として栄えたところでした。やがて海運業がハドソン川の水深の深いところに移動するにつれてさびれていきましたが、1960年代にこの地域の古い建物や埠頭、通りを保存しようとする運動が起こし、歴史地区として復活しました。」 (東武ワールドスクエアのカタログより)」とのことです。 |
| 東京国立博物館・本館(1931年)・表慶館(1908年) (東京)
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※引用者注:当画像は コチラ のブログからの引用です。
(1)本館 (2)表慶館 (3)本館は、上野博物館が関東大震災によって壊れたため、1931年(昭和6年)に設計競技が行われ、ジャワの民家からヒントを得た案が採用されました。 表慶館は、明治時代の時の皇太子(後の大正天皇)の御成婚を記念して建てられた美術館です。 |