2025_春の四重奏
 写真総数:21枚



 

 

 

 
 
初めに  [TOP]
 
 2025年4月10日にあさひ舟川「春の四重奏」を歩いた時の写真です、とはいっても、菜の花は咲いていなかったので、実際は三重奏となりました。
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 春の三重奏(立山と桜とチューリップ)  [TOP]
 
 
 

 
 春の三重奏2(立山と桜とチューリップ)  [TOP]
 
 
 

 
 春の三重奏3(立山と桜とチューリップ)  [TOP]
 
 
 

 
 春の三重奏4(立山と桜とチューリップ)  [TOP]
 
 
 

 
 春の二重奏(立山と桜)  [TOP]
 
 
 

 
 春の二重奏2(立山と桜)  [TOP]
 
 
 

 
 春の二重奏(立山とチューリップ)  [TOP]
 
 
 

 
 春の二重奏(桜とチューリップ)  [TOP]
 
 
 

 
 春の独奏(チューリップ)  [TOP]
 
 
 

 
 春の独奏2(チューリップ)  [TOP]
 
 
 

 
 春の独奏(立山連峰)  [TOP]
 
 
 

 
 あさひ舟川「春の四重奏」  [TOP]
 
後立山連峰 長栂山(2,267m)/朝日岳(2,418m)/前朝日(2,210m)/イブリ山(1,791m)/雪倉岳(2,611m)/鉢ヶ岳(2,563m)/白馬岳(2,932m)/旭岳(2,867m)/清水岳(2,603m)/負釣山(959m)
舟川
黒部川
立山連峰 駒ヶ岳(2,002m)/北駒ヶ岳(1,914m)/僧ヶ岳(1,855m)
 

 
 シャトルバス  [TOP]
 
(1)シャトルバス
泊駅とあさひ舟川「春の四重奏」を結ぶシャトルバス、「春の四重奏」とは、朝日町のHPによれば
「『あさひ舟川 春の四重奏』は舟川(ふながわ)の両岸1200mに渡って約280本のソメイヨシノが地元の皆さんの手によって植えられ、長年大切に育てられています。
地元舟川新地区の農家さんが桜に合わせたチューリップと菜の花を栽培しており、残雪の朝日岳・白馬岳を背景に、桜並木とチューリップ、菜の花の『四重奏』を楽しめます。」
厳選された「春の四重奏」のフォトライブラリはコチラ
(2)泊駅
泊駅のWIKIによれば
泊駅(とまりえき)は、富山県下新川郡朝日町にある、あいの風とやま鉄道線の駅である。
1910年(明治43年)4月16日:北陸本線の魚津駅 - 泊駅間延伸に伴い、その終着として下新川郡泊町平柳に一般駅として開業する[2][3][4]。
1994年(平成6年)6月3日:駅前広場が約3倍の3,400m2に拡張。同時に柚月芳氏(朝日町出身)のモニュメント「希望」も除幕される[18]。
駅名は従来あった泊町に由来する。そもそもの「泊」の由来としては、宮崎城が廃城になった際、武士がこの地で漁業に従事するようになったが、その際に船を停泊させる際に「舟泊り」が出来、後に舟が省略され泊となったという説がある。[26]

 

 
 朝日町観光案内  [TOP]
 
(2)らくち〜の
温水プール、お風呂、フィットネスルーム、環境学習ゾーン、岩盤温浴などがあります。
(3)舟川べりの桜並木
(4)百河豚美術館
朝日町のHPの説明によれば
当館は、河豚(ふぐ)料理の老舗「太政(ふとまさ)」の創設者青柳政二(あおやぎまさじ)氏が長年にわたり収集した日本、東洋の古美術品と私財の寄付により昭和58年8月に開館いたしました。
珍しい館名は河豚を愛した青柳氏の号「百河豚(いっぷく)」をそのまま命名しており、これに心の安らぎの一服という意味も含まれています。
(5)不動堂遺跡
縄文時代中期の日本最大級の竪穴式住居を復元しています。
(6)歴史公園
(8)まいぶんぐKAN
朝日町の多くの埋蔵文化財出土品を収集・整理・展示し、調査研究する施設。
(9)棚山ファミリーランド
(10)宮崎城跡
朝日町のHPの説明によれば
県内最古の山城である。越中越後の国境近く、東は親不知の嶮、西は黒部川扇状地、北には富山湾を隔てて能登半島を望み、真下には日本海側の交通幹線の北陸道をふまえる城山地塊(標高249メートル)の山頂から山腹を利用して築かれた、天嶮と交通要地を押さえた防塞である。平安時代の終わりに近い寿永2年(1183)に、平家討伐の令旨を受けた木曽義仲が宮崎城の豪族宮崎太郎の一党とともに、後白河法皇の第二皇子「以仁王」の第一皇子「北陸の宮」をこの陣営に迎え入れて奉戴し、越中進攻と入京の足掛かりを固めた城である。
その後も、南北朝時代の抗争で、新田や名越、戦国時代には上杉や椎名・佐々等の武将たちが、国境の攻防にしのぎを削る合戦の拠点となった。やがて前田氏が新川郡を領有し、境関所を設けるとともに廃城となった。
(11)名物たら汁
(12)朝日ヒスイ海岸オートキャンプ場
(13)ヒスイ海岸
(14)護国寺庭園
(15)舟川べり周辺

 

 
 泊駅前  [TOP]
 
 「希望」(柚月芳作)
関連ブログによると
 続いては「希望」というタイトルの銅像です。同じタイトルの像は群馬県の高崎駅や、熊本県の玉名駅にもありましたが、この像はどちらとも似ていない、一家の銅像となっています。恐らく立っている男の人が父親で、その横の女の人が母親、それ以外が子供なのでしょう。「希望」というタイトルのほかの像よりも、大館駅前の秋田犬像に似ているような気がしましたね。人間と犬という違いはありますけど。

 

 
 太平山濤(おおひら さんとう)の胸像  [TOP]
 
 太平山濤(おおひら さんとう)の胸像
関連ブログによれば
 まずは文化功労者に認定されている地元出身の書家である、故・太平山濤(おおひら さんとう)氏の胸像です。太平氏は1916年(大正5年)に泊の地に生まれた後、書道の教師となり、富山県書道連盟を結成したりして多くの門下生を指導。その後教職を辞して書家となり、日展などへ作品を出店するようになり、2002年に文化功労者に認定されました。なお、この像はその2年後に設置されたもののようで、原型の作者は当時日展評議員であった彫刻家の善本秀作氏とのことです。なお、太平氏はこの像建立の3年後に逝去されているようです。
 

 
 泊駅前道路  [TOP]
 
 
 

 
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