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| 初めに
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2025年4月12日立山駅周辺を歩いた時の写真です。
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<----------------------- 画面の横幅標準(これくらいの幅で見ると見やすい) ----------------------> |
| 富山地方鉄道立山線への通路(富山駅)
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(2)電鉄富山
富山地方鉄道の路線図についてはコチラを参照 [本線] 電鉄富山/稲荷町/寺田/上市/電鉄魚津/電鉄黒部/新黒部/宇奈月温泉 [不二越・上滝(かみだき)線] [不二越線] ※電鉄富山駅と稲荷町駅間は本線に乗り入れる。 稲荷町/南富山 [上滝(かみだき)線] 南富山/岩峅寺(いわくらじ) [立山線] 寺田/岩峅寺(いわくらじ)/立山 (3)ブログによると特急うなづき号は2024年4月14日をもって運行終了とのこと。 特急アルペン号は現在も運行しているようです、WIKIによれば アルペン特急(アルペンとっきゅう)は、富山地方鉄道立山線・本線の立山駅 - 宇奈月温泉駅間で運行される特別急行列車である。 2023年4月15日のダイヤ改正より、休日の宇奈月温泉→立山の片道1本のみ運行を再開した[2][3]。 停車駅 立山駅 - 寺田駅 - 上市駅 - 中滑川駅 - 電鉄魚津駅 - 新魚津駅 - 電鉄黒部駅 - 新黒部駅 - 宇奈月温泉駅 (4)9時23分立山行きの車両に乗車した。 |
| 稲荷町駅
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WIKIによれば
稲荷町駅(いなりまちえき)は、富山県富山市稲荷町四丁目にある、富山地方鉄道の駅である。 |
| 中部山岳国立公園 立山駅周辺ガイドマップ(千寿ケ原地区)
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(2)レストラン あおき ここでパンケーキセットを食べた
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| 立山駅
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(1)当駅は立山線(富山地方鉄道)と立山ケーブルカー(立山黒部貫光)の二線の始発駅である。
立山駅は以前は千寿ヶ原駅と呼ばれていた、その経緯は以下のWIKIに詳しい 戦後の1954年4月から、小見駅(現・有峰口駅) - 粟巣野駅間を立山開発鉄道(2005年(平成17年)に立山黒部貫光に合併)にいったん譲渡する。粟巣野駅 - 千寿ヶ原駅(現在の立山駅)間は、立山開発鉄道によって1955年(昭和30年)に開業し、1962年(昭和37年)に小見駅 - 粟巣野駅間とあわせて富山地方鉄道に譲渡された。 |
| レストラン_アルペン
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(2)対岸に落石に備えたと思われる覆いがある道路が続く
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| ケーブル―カートンネル
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(1)ケーブルカーのWIKIによれば
立山ケーブルカー(たてやまケーブルカー)は、富山県中新川郡立山町芦峅寺字ブナ坂にある富山地方鉄道立山線との連絡駅の立山駅から、室堂への連絡バスの発着する美女平駅までを結ぶ立山黒部貫光のケーブルカー路線[5]。 路線データ 路線距離(営業キロ):1.3 km[2][3][6] 軌間:1067 mm[2][3] 駅数:2駅(起終点駅含む) 高低差:487 m[4] 1954年(昭和29年)8月13日 - 立山開発鉄道によって千寿ヶ原 - 美女平間開業[1][2][9]。 (2)今年(2025年)の開通が4月15日なので、このケーブル―カーは試運転のものと思われる。 |
| 立山カルデラ砂防博物館
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知られざる立山の魅力を紹介
富山県 立山カルデラ砂防博物館 上昇する山 急激な隆起でできた立山連峰 カコウ岩の稜線が続く 国指定天然記念物 山崎カール 岩と雪の? 剣岳 雄山に向かう登山道 富士ノ折立 大汝山 雄山 氷の山 世界有数の豪雪が生んだ雪の壁 日本で初めて発見された氷河 富士ノ折立 大汝山 雄山 雄山直下に広がる御前沢氷河 内蔵助氷河 内蔵助を探る 雪の大谷 雪の壁 火の山 火山が創った大地 室堂平・地獄谷・弥陀ヶ原・立山カルデラ 立山カルデラ かつて火山があった巨大なくぼ地 日本有数の砂防事業が行われている 材木石 ケーブル沿いで見られる火山岩 今も活動を続ける立山信仰の舞台 地獄谷 水の山 流れ下る膨大な水が創った大地 称名滝・称名渓谷・悪城の壁 弥陀ヶ原大地を深く削った称名の滝 壮大な姿を誇る称名の滝 右は雪解け時期に姿を表すハンノキ滝 称名の滝 4段で350mの落差 悪城の壁 称名側が創ったそそり立つ大岩壁 高さ566m ?2km?? |
| 火砕流が造った大地形・弥陀ヶ原(立山カルデラ砂防博物館)
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(1)火砕流が造った大地形・弥陀ヶ原
−弥陀ヶ原とその分身たち− 弥陀ヶ原火山がその名を冠する弥陀ヶ原は、一般的に東西幅約3km、南北幅約2km、標高約1600〜2000m、面積約4.9平方kmの高原部分を指します。日本最小面積の自治体である舟橋村の面積約3.5平方kmがすっぽりと入る大きさです。 この高原の原形を、およそ10万年前に起きた最も大規模な噴火が造り出しました。噴火は、現在の国見岳や天狗山の南方にあった火口から、さながら巨大なスプレー缶のように大量の火山灰や軽石からなる高温の噴出物が噴き上がったと考えられています。その一部は位置エネルギーを運動エネルギーに変えて、山腹を駆け下る火砕流という現象を引き起こしました。 火砕流の一部は五色ヶ原や室堂平にも流れ下りましたが、大部分が火口から西方向へ向かいました。火砕流は速度を失うと、運んできた噴出物で火山周辺の地面のデコボコを埋め立てて、滑らかな緩斜面へと整地していきます。噴火が終わった後には、伸びやかに広がる火山のすそ野、弥陀ヶ原が生み出されたのです。 弥陀ヶ原から続くこの斜面は、標高約950m美女平まで6度くらいの角度で続いた後、その先の材木坂で急斜面に変わります。これは常願寺川の流れが、火山の大地を侵食した地形です。噴火の直後、緩斜面は、今の立山町千垣や富山市中地山付近を末端として更に長く西へ続いていたと考えられます。 その証拠に、材木坂より西方の常願寺川の下流両岸には、侵食によって切り離された火砕流堆積物による地形と地質が続いています。石臼平と不動平(立山町)、そして白樺平(富山市)と名付けられているそれらの場所は、約10万年前は弥陀ヶ原と地形的に繋がっていました。室堂平から西方の火山地形を標高と距離のグラフ上に表すと、これらの場所は見事にグラフの延長上と一致します。常願寺川が10万年の時間をかけて、弥陀ヶ原火山の体をバラバラにしてしまったのです。 (2)溶岩流が造った大地形・五色ヶ原 −観察しよう火山の成層構造− 五色ヶ原は、標高約2300〜2600m、面積約1.7平方km、黒部川に向かって東向きに7〜8°で緩やかに傾斜した平坦地、花の百名山にも数えられる貴重な高山植物の楽園であります。 弥陀ヶ原ほど大きくはないものの、ここも弥陀ヶ原火山のすそ野の一部です。その雄大な地形は、室堂駅から片道約2kmの工程にある室 |
| 拡大するカルデラ
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(1)拡大するカルデラ
ー出る杭は崩れる?ー 体感ポイント 立山カルデラ展望台、室堂山展望台など 立山カルデラは立山火山の脆い火山性の地質を背景として、この地域の豊富な降水量と、跡津川断層という活断層が繰り返し引き起こしてきた地震活動が複合的な要因となって急速に崩壊が進んだ侵食、崩壊地形です。この地にはかつて、推定2,800メートルの標高をもつ成層火山が存在していたと考えられていますが、その存在は国見岳や天狗山、弥陀ヶ原、五色ヶ原などの周辺に残された火山の山裾や溶岩(火砕流)台地から偲ぶ他ありません。 急速な崩壊といっても、人間の生活時間のスケールを考えると気の長い現象であることには代わりません。しかし大規模な崩壊がある時、一瞬にして形成されるということを繰り返してきたと考えられています。その一例が「鳶崩れ」なのです。1858年、大鳶山、小鳶山と呼ばれた立山カルデラの南東側稜線が「安政飛越地震」の発生によって大崩壊をおこしたのです。 このような地形の大きな変化をお目にかけることはそうそうあっては困るものですが、崩壊が静かに進行している様子を窺い知ることができる場所があります。それが立山カルデラ展望台、室堂山展望台などの崖っぷち部分です。 急崖ではお互いに支え合える隣り合う大地がないため地形的な安定性が失われやすく、自らの重みで度々小さな土砂崩れや崖崩れを少しづつ繰り返しています。2002(平成14)年の立山カルデラ展望台の写真に1本のオオシラビソが斜めに立って写っています。しかしその3年後の2005(平成17)年には、オオシラビソの姿が消えてしまいました。 また、崖付近の地形に階段状の段差が生じている場所があります。室堂山展望台で見ることができるこの地形は、一つ一つの段差がその部分の土塊ごとにブロック状にズレ落ちた(専門的には岩盤クリープと呼ばれる現象)ことを物語っています。 展望台にて遠景の山の連なりを楽しんだ後は、このような手前の地形に目線を移してかつての(そして将来の)大崩壊を想像してみてください。大地の形成は創造と破壊の繰り返しであり、私たちはその一瞬を垣間見ているにすぎないといえるでしょう。 (2)雨垂れ石を穿つ 称名滝の後退 水の侵食力は凄まじい、大地の姿を大きく変えます。立山では、スケールが大きく雄大な水の造形を目にすること |
| 悪城の壁
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(1)悪城の壁
悪城の壁は、称名滝の後退によって称名川左岸に形成された高さ500m、長さ2qに達する日本海屈指の大岩壁です。悪城とは、「すごく恐ろしく、峠のように人を寄せつけない」という意味です。 悪城の壁の大部分は、弥陀ヶ原火山が10万年前に噴出した火砕流が冷えて固まった溶結凝灰岩という岩石から構成されています。壁の上部には全層雪崩で削られてできたアバランチシュートとよばれる滑り台のような侵食地形が連なり「二階」とよばれています。 (2)氷河が残していった痕跡 羊背岩、氷河擦痕、迷子石 室堂山荘から室堂山展望台へと向かう登山道を20分ほど登っていくと、上手側が丸みを帯びてなめらかな表面で、下手側はゴツゴツと切り立った形の岩盤がいくつも見られるようになります。この岩盤が羊背岩です。 羊背岩は別名、羊群岩、氷食円頂丘とも呼ばれています。氷河の底では岩盤が氷に含まれる岩屑によって侵食されますが、動力学的には氷河の抵抗が大きい上流側は丸くなり、その表面はなめらかに研磨され、一方下流側は、氷河の引張力によってブロック状にはぎ取られて階段状に形成されます。 この羊背岩は、6〜5万年前に立山火山から噴出した玉殿溶岩が3万年前の氷河によって削られて出来たと考えられています。現地の羊背岩との表面には氷河削痕とよばれる棒状やえくぼ状の傷跡がみられ、当時の氷河の流れた方向が刻まれています。 また、室堂平の平地に転がっている白い花崗岩は、浄土山や雄山付近から氷河に取り込まれ運ばれてきた転石が、氷河の融解とともにその場に置き去りにされてしまった迷子石です。 (3)山崎圏谷 ー氷河が残したアルプスの景観ー 室堂から雄山の方向をみると大汝山から雄山の中腹にスプーンでえぐったような形の大きなくぼ地が目にとまります。この窪地が山崎圏谷です。 山崎圏谷は日本の氷河地形研究の礎を築いた山崎直方(なおまさ)博士の功績を記念して命名された圏谷地形で、1945年(昭和20年)2月に国指定の天然記念物に指定されています。ちなみに天然記念物に指定されている圏谷は山崎圏谷と薬師岳当面の圏谷群の二つだけです。 山崎圏谷は8〜7万年以降、立山西面に繰り返し発達した氷河により山体が削られて出来たものです。山崎圏谷には下位、中位、上位の3段のモレーンがあり、それぞれ3万、2万、1万年前に立山主稜線付近か |
| 板状節理と玉殿の岩屋
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(1)板状節理と玉殿の岩屋
火の山が作り出す造形に板状節理と柱状節理があります。節理とは溶岩が冷え固まるときに働く力が造る規則的な割れ目のことで、その幾何学的な造形は周辺の景観に印象的なアクセントを加えます。形の異なる板状の節理が出来る訳は、溶岩が冷え固まるときの環境によって力の源が異なるためと考えられます。 板状節理の出来る仕組み 地表に噴き出したばかりの溶岩は熱く、水あめのような粘性と流動性をもって広がります。溶岩流は自身の重み(重力)で傾斜を流れ下ったり、後から噴き出してきた新しい溶岩に押し出されたり(動圧力)することで変形しながら流れますが、やがて熱を失い固まりだすと、受ける力を変形で解消することができなくなり止まります。 溶岩が真っ先に固まりだすのは、空気や地面と触れている表面や底面からです。表面の冷えた溶岩は粘りを増していき少しずつ固くなっていく一方で、内部のまだ熱い溶岩は僅かでも流れようと頑張るため、その間で歪みが生じます。やがて歪みが溶岩の強度を超えると、溶岩流れの向きに平行な割れ目が入り、歪みは解消されます。しかし溶岩のまだ流れようとする力が残っていると、その内側で再び歪みが生まれるため、新たな割れ目が入ります。これが繰り返されることで、薄い板が重なったような板状節理になると考えられています。やがて溶岩にかかる力がなくなると板状節理の形成が止まり代わって、柱状節理が新たにはじまる場合もあります。 立山では、板状節理を玉殿の岩屋や室堂山の登山道の途中などで観察できます。立山(弥陀ヶ原)火山の最後の噴火で流れ出たデイサイト質の玉殿溶岩で、約6〜4万年前のことです。室堂山登山道で見られる節理は地面に垂直な状態で露出しています。こては溶岩流のせく面が地面と接していて横方向から冷却されたためと考えられます。 (2)立山の隆起と花崗岩 立山の景観を作り出した最も根本的な要因は「飛騨山脈の隆起」です。山が高くなることは、山を作ろうとする力が働いていることを意味します。「山を作る力」は、一つに浮力があります。周辺の岩盤よりも密度が軽い物質、例えば多量のマグマが局所的に地下に溜まるとその一帯だけ浮き上がろうとします。もう一つに地球表層の地殻にはたらく水平応力があります。プレートテクトニクス理論によって説明されるこの力は、地表に地殻変 |
| 安山岩(材木坂溶岩)
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(1)標本名 安山岩(材木坂溶岩)
年代 第四紀後期更新世 約13万年前(立山火山 第1b期) 産地 材木坂(称名川転石) 特徴 立山(弥陀ヶ原)火山の活動期前半に噴出した溶岩です。同年代の溶岩は、立山カルデラ縁の崩壊壁や五色ヶ原などに分布しており、標高2800mを超える山頂を持つ火山が鷲岳の北西方向から西方付近にかけて成長したと考えられています。 標本の六角柱の形状は柱状節理と呼ばれ、溶岩が冷却固結する際に規則的に発達する割れ目のひとつです。 (2)称名滝火砕流堆積物 溶結凝灰岩等、約10万年前の火山噴出物 溶結凝灰岩(welded tuff) 大規模な噴火によって、高温の火砕流が短時間に厚く堆積(数百m)し、自身の重みと熱(数百℃以上)によって一体化した岩石です。 室堂平で石畳になっているものは、常願寺川下流の転石を切り出しています(石材として軟らかく加工しやすい)。 (3)標本名 デイサイト(玉殿溶岩) 年代 新生代 第四紀 4万年前 産地 立山、玉殿岩屋(標高2400m付近) 特徴 室堂平の溶岩台地を構成する立山火山起源のデイサイト溶岩です。標本のように板状に割れたものを板状節理とよびます。 (4)標本名 閃緑岩 年代 中生代 ジュラ紀 産地 劔御前小舎(2750m)付近 特徴 劔御前〜剱岳にかけての登山道(別山尾根)沿いにみられる岩石です。花崗岩よりも結晶の粒が細かく風化や侵食に強いです。 |
| 花崗岩(粗粒)
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(1)標本名 花崗岩(粗粒)
年代 中生代 ジュラ紀 産地 真砂岳(2861m)山頂付近 特徴 真砂岳から別山の登山道沿いに見られます。結晶の粒が大きいため粗い砂粒上に風化(マサ化)してボロボロになりやすいため、なだらかな山稜をつくります。 (2)標本名 花崗岩 年代 中生代 ジュラ紀 産地 雄山(3003m)山頂付近 特徴 浄土山〜雄山〜富士ノ折立の登山道沿いにみられます。この地域の花崗岩は、マグマからの熱の影響をうけ岩石の組織が変化して固くしまり風化や侵食に強くなっています。 |