百年目の弘前観桜会 
2017年4月24日撮影:撮影場所(青森県弘前市):写真総数32枚



 

 


 

 
 
 初めに  [TOP]
 
 弘前桜まつり、私が小さいころは観桜会と呼ばれていました。その観桜会が始まって100年という節目の年ということで、去年は法事関係でバタバタして行けなかった分取り戻すべく、写真撮影に行ってきました。宜しかったらご覧ください。
 

 
 弘前教会  [TOP]
 
 弘前教会は東北最古のプロテスタント教会である。1906年建設とのことである。モデルはノートルダム寺院であるらしい。右側の写真は教会近くにある青森銀行記念館である。こちらも1904年とほぼ同時期の建設となる。弘前はこういった明治・大正の頃の洋風の建築物がよく残っている。紹介サイトがこちらにある。ちなみにこの紹介サイトにあるカトリック弘前教会は私の御幼少のとき入園したものの、病気がち等のためか、中退した思い出の教会でもある。ステンドグラスがきれいだったなあという記憶が残っている。
 

 
 亀甲門周辺  [TOP]
 
 亀甲門(かめのこもん)は弘前城の北側にある門である。私が御幼少の時はよく通った場所でもある。
 

 
 四の丸北側周辺  [TOP]
 









 この辺りには陸上競技用のトラックがあり、これまた、私の御幼少のころの小学校の運動会が行われた場所でもある。そして、真ん中の写真のスペースでは、オートバイサーカスやら、見世物小屋、お化け屋敷等々、おなじみの店が連なるメインストリートである。
 

 
 西濠周辺  [TOP]
 









 西濠とは城の西側にある濠の意味である。この濠の両側に桜並木が続き、「桜のトンネル」と称されるところである。濠には貸しボートがある。桜の木々の切れ間から岩木山が見えたりして、中々風情がある所である。
 

 
 下乗橋周辺  [TOP]
 









 下乗橋とは二の丸から本丸にかかる橋である。藩士はこの橋を渡って登城する際に馬を降りなければならない。そこから、この橋に下乗橋という名前が付いたということである。
 

 
 杉の大橋周辺  [TOP]
 









 杉材で作られたところから杉の大橋という名前になったそうだ。戦の際しては破壊もしくは燃やして、敵から容易に攻められないための橋であったようだ。そして、1821年にヒノキの橋に建て替えられた際に、欄干と擬宝珠が追加されて、今に至るということである。詳細はココ。あと、左端の写真に映っている船頭さんが漕いでいる船は、今年から行われているアトラクションということである。福岡県柳川市から船頭さんと船をレンタルしているとのことだ。詳細はココ
 

 
 追手門周辺  [TOP]
 
 追手門(おおてもん)とは城の南側にある正門である。
 

 
 早春の植物園  [TOP]
 









 弘前城内には植物園がある。弘前市の西側には白神山地、あの世界遺産(自然遺産)で有名な場所があるため、園内にもそれを模した白神山地コーナーがある。今の時季はちょうど春の妖精(スプリング・エフェメラル)と呼ばれる花が見ごろであった。樹木の葉が生い茂る直前の日の光を求めて、一斉に、花を咲かせるところから名づけられた、ちょっと詩的な名称だ。
 左からオオバキスミレ、キクザキイチゲ(拡大)、キクザキイチゲである。
 

 
 植物園(2)  [TOP]
 
 左から、オオカメノキの葉、カタクリ、シデコブシである。
 

 
 植物園(3)  [TOP]
 
 左からサンシュユ、タカネバラ、キクザキイチゲ(群落)である。
 

 
 植物園(4)  [TOP]
 









 左からヤナギ、シダレカツラ、ラクウショウの呼吸根である。ラクウショウの呼吸根とは、湿地帯でも根から呼吸できるように、根を地上に出したものである。
 

 
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