
| 初めに
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約20数年前、まだ、筆者がまだ20代後半のころ、遺跡発掘のバイトで知り合った仲間たちと、東京から下北半島へのキャンプ旅行を決行した。行ったのは夏の暑い盛り、恐山の湖畔にテントを張ったのであった。、青森県に生まれ育ちながら、恐山へと行ったのはその時が初めてであった。死者の霊が集まる場所とかいう、陰気くさい場所であろうという先入観で訪れたのであったが、透明度の高い青緑色の湖、起伏にとんだ開放的な賽の河原、そして、温泉と、ちょっとした保養地のような印象であった。
青森に戻ったので、恐山再訪をして、写真撮影を行うこととした。 |
下北駅
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筒井駅〜野辺地駅 07:16〜07:57 約40分 青い森鉄道線 片道1040円 野辺地駅〜下北駅 08:02〜08:58 約60分 JR大湊線 片道 片道1140円 朝7時に自宅を出発。天気はうす曇りといったところだ。陸奥湾を左手に見ながらの列車旅である。9時ちょっと前に下北駅に到着。乗り継ぎ時間は7分ということで、急ぎ足でバスに乗車する。バス車内から改めて駅舎を見て見ると、かなり新しい。かつて来た時の駅舎を建て替えたようだ。ネット情報によると駅舎の共用開始は2009年とのことであった。かつての駅舎の写真 を示す。 |
太鼓橋
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冷水を出発後、10分もかからずに、恐山の湖である宇曽利(うそり)湖の唯一の流出河川である、その名も恐ろしい三途の川を渡る。湖畔にかかる赤い橋は太鼓橋である。バスから映した写真が左の写真である。だが、バスからなのでちょっと苦しい。 もっときれいな太鼓橋の写真群 を示す。 |
| 恐山バス停
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| 寺の前の広場
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| 6大地蔵
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| 総門
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| 山門
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| 常夜灯
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| 風車
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| 仁王像
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温泉小屋
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| 卒塔婆堂
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| 屋根つきの卒塔婆
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| 路傍の地蔵
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親亀の上に子亀
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本尊安置地蔵堂
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| 地蔵堂前の狛犬
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| 火山ガス噴気孔
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| よだれかけの狛犬
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| 小山
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| 高台から境内遠望
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| 火山ガスで腐食した硬貨
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| 慈覚太子堂
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| 延命地蔵尊
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| 小川
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| 石積みの山
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| 八角円堂
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| マント地蔵
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| 水子地蔵
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| 東日本大震災追悼
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| 宇曽利湖
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| エピローグ
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湖畔沿いに出口付近まで戻る。後はバスが来るまで温泉につかり、まさに極楽極楽状態で、帰宅となった。
恐山は3大霊場とかイタコとかで、スピリチャアルなものととらえがちであるが、硫黄鉱山の採掘のおまけで出てきた温泉を湯治場に活用したり、重機でできた硫黄採掘の小山を賽の河原として宣伝してみたりと、この寺の管理者は、この場所のテーマパーク化に成功した凄腕のプロデューサーともいえるかもしれない。 |