しまなみ海道キャンプ旅 
2019年8月前半撮影:撮影場所(愛媛県今治市):写真総数46枚



 

 

 

 
初めに 
 8月の猛烈に暑い盛りに、何故か猛烈に暑い瀬戸内のしまなみ海道にキャンプ旅をしてきました。ここしまなみ海道は自転車好きには有名な場所なのです。サイクリストのサンクチュアリティとも呼ばれています。ほんとなら自転車を輪行したいところですが、今回は下見および久しぶりのゴアライトテント復活(ファスナー故障を石井スポーツ盛岡で修理)のお披露目をかねてのキャンプ旅としました。
 

 
 多美浜駅 (2019/8/4)  [TOP]
 
 写真の駅(※)は予讃線の駅です。始発(6時52分)を待つ間に撮ったものです。旅の始まりは8月2日からです。8月2日は青森駅から昼の運行ではもっと長い距離を走る弘南バスのスカイ号(※2)に乗車、夕方7時ごろ、上野到着、近くのネット喫茶に一泊。
翌8月3日は東京7時50分発ののぞみ13号に乗車し、岡山駅で11時11分に下車。岡山からは瀬戸大橋線、予讃線経由で夕刻多美浜駅に到着、ここから海岸のキャンプ地があるマリンパーク新居浜に徒歩で向かう、途中、道に間違え、大回りしつつも、キャンプ場に到着、ここに一泊。
そして、翌日の早朝出発し、多喜浜駅にもどり、この写真を撮るにいたる。
※wikiは コチラ をクリック
※2:弘南バスHPは コチラ をクリック。wikiは コチラ をクリック
 

 
 今治駅 (2019/8/4)  [TOP]
 
 6時32分発の列車で今治に向かう、今治はタオルで有名だ。一枚目の写真は今治駅の全景、しまなみ海道の四国側の起点となる駅である。3枚目はしまなみ海道全体の概略図。2枚目の写真はバスターミナルの時刻表である。その中の急行大三島に乗車する。伯方島BSで下車する。この島の名前は難読だが、伯方(はかた)の塩の商品名おなじみのあれである。
 

 
 キャンプ地の夕暮れ (2019/8/4)  [TOP]
 
 伯方バス停から、近くの道の駅に向かう。さすがにサイクリストの聖地だけあって、自転車でごった返している。一応近くにあるレンタサイクルをチェックしたが、ちょっとしょぼい感じの自転車しかないようだ。10キロ程度ならいいかもだが、しまなみ海道全線70数キロにはちょっと厳しい感じ。道の駅で見近島キャンプ場(※)への道を聞き、歩きだす。サイクリング専用道(歩行者も可)をとおり、今治へ戻る方向で、大島大橋を歩く。10分ほど歩いて、見近島(無人島)のキャンプ場への道があったので、降りていく、5分ぐらい歩いた所にそのキャンプ場があった。海よりには先客がいたので、山沿いにテントをはる。日陰だが、猛烈に暑い、炊事場で後頭部に水をかけつづけ、なんとかしのぐ。ひっきりなしに船がとおり、ちょっとやかましいぐらいだ。夕方、早めにカンタンな食事をすませて、ゆっくりしていると、夕焼けがいい感じ見えたので、撮影したのがこの写真である。
※見近島キャンプ場のリンクは コチラ をクリック
 

 
 別子銅山 (2019/8/6)  [TOP]
 
 前の写真から二日空いているが、それには事情が・・・。8月4日、キャンプ地で、ラジオを聴いていると8月5〜6日には台風がしまなみ海道近くをかすめていくとの話で、急きょ予定変更。
8月5日は、出発地である今治駅に戻る。駅前のビジネスホテルを回り、三軒目でなんとか、宿を確保する。チェックインまで時間があるので、荷物を宿に預け、今治市内をちょっとめぐる、とはいっても、直射日光がきついので、駅前の喫茶でアイスミルクティーをのみ、ほっとしたり、青森でもたまに行く、ビックボーイに入り、ランチを食する。日本各地どこでも変わりない姿にホッとするやら、味気ないやら。複雑な気持ち。ホテルにチェックイン、コインランドリーで選択三昧。テレビは渋野フィーバーだ。
8月6日、6時頃起床。外は台風のせいで、風雨が強くなっている。今治駅で新居浜駅行きの列車にのる。新居浜駅に到着後、別子銅山行きのバスに乗り換える。別子銅山に着いたときは大雨だ。台風がかなり接近したと思われる。写真は説明に有る通り、旧端出場(はでば)水力発電所を撮ったものである。
※別子銅山のwikiは コチラ をクリック。
 

 
 しまなみ海道 (2019/8/7)  [TOP]
 
 別子銅山から、新居浜駅経由で、今治駅に戻ってくると、雨は小降りに、明日は何とかキャンプできそうと安堵する。ビジネスホテルに戻り、足裏にできたマメの治療、夏の重い荷物をしょった歩きはいつも、こうなってしまう。小さいうちに処置しないといけない。
翌朝(8/7)は台風一過の青空とまではいかないにしても、ほぼ快晴だ、今治駅から特急バスにのり、福山まで、しまなみ海道を走る。これまで、あまり、調子よくなかったカメラの調子をなだめすかしながら、車内からであるが、写真を撮る。一枚目は今治付近のようす、二枚目以降は車内からみた瀬戸内の様子である。
 

 
 自転車専用道 (2019/8/7)  [TOP]
 
 しまなみ海道に沿って行く自転車道は、このように、脇に別建ての専用道となることもあれば、自動車道のすぐ脇に並走している場合もある。
 

 
 しまなみ海道2 (2019/8/7)  [TOP]
 
 これらの写真はしまなみ海道の北側、尾道周辺のものである。2、3枚目は尾道の市街地の様子だ。
 

 
 福山美術館のモニュメント (2019/8/7)  [TOP]
 
 福山駅に到着、駅のすぐ前には福山城がある。駅前のコインロッカーに荷物を預け、福山城付近を散策、福山城の脇には、ふくやま美術館があり、青色のぬけるような空の色と赤のモニュメントがちょっと非現実的な感じを醸し出す?アンリ・ルソーの空の色かしらん。
 

 
 教会? (2019/8/7)  [TOP]
 
この写真はなにかというと、一見さぞかし有名な教会かと、おもいきや、結婚式場だそうです。どうしても、ここで式を挙げたい方は ココ をクリック。
 

 
 内藤家長屋門 (2019/8/7)  [TOP]
 
 この長屋門は福山城の西外濠に面した位置にあった武家屋敷内藤家に所在したもので,昭和51年現位置に解体移築したものである。
 内藤家は,宝永7年(1710年)阿部家が福山藩主に封じられたとき,それに随従した家臣である。長屋門は中央に入口の引戸を設け,東側に二間,西側に土間と一間があり,これらが住居として利用されていた。
 昭和20年(1945年)8月8日の戦災により城下町の風情を喪失した福山にあって藩政時代を偲ばす長屋門として貴重なものである。
 なお解体移築時に柱より「弘化三年」(1846年)の墨書が発見された。
以上は コチラ のリンクの引用である。
 

 
 福山城 (2019/8/7)  [TOP]
 
 福山城のwikiについては ココ をクリック
 

 
 湯殿 (2019/8/7)  [TOP]
 
 京都伏見城内にあった豊臣秀吉の居館を移した伏見御殿に付随した建築で、国宝に指定されていた。
建築の一部は石垣上に張り出し、内部は物見の段と風呂の間に分かれていた。
昭和20年の戦災により焼失したが、昭和41年秋、天守閣とともに外装、内部ともに復原されたものである。
現在は貸会場として利用されている。
内部の写真等は コチラ をクリック
 

 
 福山城2 (2019/8/7)  [TOP]
 
 

 
 福山城筋鉄御門 (2019/8/7)  [TOP]
 
 入母屋造り、本瓦葺、脇戸、櫓門等が付く。
福山城本丸の正面で福山築城に際して、伏見城から移築したものといわれている。
柱の角に筋鉄を施し、扉に数十本の筋鉄をうちつけているためその名が生まれたものである。
左に渡櫓、右に多門を連接させたもので、後代の枡型多門の型をとらない初期様式のものである。
<国重要文化財>
※内部非公開
この リンク を参照に上記を作成。
 

 
 ふくやま草戸千軒ミュージアム(広島県立歴史博物館) (2019/8/7)  [TOP]
 
 福山城に隣接して、当博物館がある。特別展で北斎をやっていたので、惹かれて入ってみる。北斎の幅広い才能に驚嘆する。少しでも、近づく?ために、北斎の和手ぬぐいを購入する。かつてはテナントをあつめていたものだが、今はカサにならない、かつ実用的な手ぬぐいを購入する。テナントは見かけなくなったしね。この写真は常設展示してある草戸千軒町遺跡(※)の一部である。
※草戸千軒町遺跡のwikiは ココ をクリック
 

 
 草戸千軒町遺跡 (2019/8/7)  [TOP]
 
 

 
 大浜PA付近(2019/8/8)  [TOP]
 
 博物館を見終わった後、福山駅前のバス停からシトラスライナーというバスで因島大橋の北側の大浜PA(※)へ向かう。大浜SAを下車し、陸橋で自動車道を渡り、SAの端にある小道を下っていく、途中、イノシシ侵入防止用の柵を通過し、今日のキャンプ地、大浜崎キャンプ場(※2)へと向かう。キャンプ状へ向かう海岸沿いの遊歩道の手前で管理人さんと遭遇、キャンプ場まで案内してもらう、どうやら一番乗りのようなので、早速海寄りのところにテントをはる。この日も暑く、大変であった。キャンプ地にあったシャワーを浴びた後、木陰で休む。いとここちよし。その後、暑苦しく、寝苦しい夜であったが、なんとか眠り込む。
次の日(2019/8/8)、日の出とともに起き、テントを撤収し、大浜PAにもどり、周辺の写真を撮ったのがこの一枚である。
※大浜PAのwikiは コチラ をクリック
※2:大浜崎キャンプ場のリンクは コチラ をクリック
 

 
 尾道城? (2019/8/8)  [TOP]
 
 大浜PAから尾道へとバスで移動。途中、山の上の方に、お城のようなものが、でも、なんか変だ、しゃちほこが片側にしかない、どうやら、かつて、観光用に歴史上にはない、尾道城?(※)を作ってしまったようだ。wikiには「天守閣風の建築物」という説明がある。そして、何故か見覚えがある天守閣とおもっていたら、郷里の弘前城を模してつくったというおまけつきだ。とりこわされるかもしれないので、こういう物件が好きな人は必見ですね。
※尾道城のwikiは コチラ をクリック
 

 
 呉線 (2019/8/8)  [TOP]
 
 尾道駅に到着後、山陽線に乗り換え、三原駅に到着、三原駅は呉線(※)の最東端の駅である。ここで呉線に乗り換える。車中からとったのが、これら四枚の写真である。
※呉線のwikiは コチラ をクリック
 

 
 呉線2 (2019/8/8)  [TOP]
 
 

 
 原爆ドーム (2019/8/8)  [TOP]
 
 呉線の終点駅、広島に到着、路面電車にのり、まずはホテルに荷物を預けに行く。外はまるで溶けるような暑さだ、荷物を預けたあと、付近を散策する。たまたま乗り間違えた路面電車を降りたところで、原爆ドームと対する。ちょっと心の準備の無い状態だったので、戸惑いつつ、鎮魂の意味で、写真撮影する。あとはチェックインののち、夜は広島の友人とレストランで会食。カキのパスタが特に美味でした。
翌日は、広島駅から東京経由で青森まで戻ることに、途中も、車外、特に東京駅の乗り換えの地下通路は暑かった。なにかと暑さばかりでボヤキが多かったが、久しぶりのキャンプ旅を堪能して、満足な気持ちとなった。歳も歳なので、こういう夏真っ盛りは避けるべきだと、ちょっと後悔したが、まあ、今後の課題ということにしましょう。それではまた、みなさん、またお会いしましょう。
 

 
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