2006年対馬への旅(初日)

●7月10日(月)
 先週土曜日の塚ちゃんとのジンギスカンがまだ腹にもたれている中、日曜から月曜の朝にかけて、対馬旅行の準備をする。何故、対馬かという疑問はもっともであるが、理由は特にない。行って見たいとは思っていたが、中々チャンスがなかった場所の一つであった。そして、対馬のことはガイドブックでもあまり情報が無く。これは現地に行って何かを確かめなくてはという気持ちだけであった。ま、旅にあまり理屈はいらない。いってみるだけさ。

   テレビではワールドサッカー決勝戦の真っ最中である。ジダンが・・・。急に旅行を決めたため、準備もままならない。キャンプもするつもりなので、キャンプ道具を広げてみると、大変な分量だ。よほどパッキングを工夫しないと、荷物が入りきらなさそうだ。そのうちに出発の時間が迫ってくる。

   当初の計画では青春18キップを使い、各停でJR博多駅まで行くつもりではあったのだが・・・。これは今をさること20年ほど前に同様なキップで都立大の巡検で鹿児島に行くときに実行したことがある手ではあった。そのときは大垣行きの快速という伝説の夜行列車が存在していた。当時は東京を深夜出発して、翌日の深夜に博多駅に到着というのが可能であった。しかし、今やその伝説の夜行は無い。無いのをくやんでも詮方ないので、始発の各停で行き、夜になったら山陽本線のどこぞの駅で宿泊して、博多方面に行く予定であった。その青春18キップは、前日に目黒駅の緑の窓口で5枚つづりを購入済みであったのだが・・・。

   案の定パッキングが間に合わず、両手に紙バックをぶら下げた状態で、列車にのることにする。パッキングは列車の中でやればいいだろうという安易な気持ちであった。しかし、徹夜で準備をし、疲れがあったためなのか、それとも、出発の時間が迫っていたことに焦っていたためか、最後に、ザックのトップに入れたある物が、十分に納まっていなかったことに気付かなかった。これが、ファーストブルーの序章であるとは、知る由もない。あわてて、部屋を出て、荷物でパンパンのザックを背負い、両手には紙バックと、まる でヤジロベエのようだ。しかし、早く行かねばと気はあせる。薄暮の中を大岡山駅へ向かう。

 ちょうど環七の横断歩道を渡り終えたとき、そのファーストブルーの一撃が、私を襲った。なにやら、後方でグシャというような鈍い衝突音が聞こえる、一瞬何事かと思い、後ろを振り返ると、PEXTAX一眼レフが歩道のコンクリートに転がっているではないか!すぐに拾い上げる。すると、レンズキャップが変形して、キャップを取ることが出来ない。カメラを振ると、マラカスのようなシャカシャカ音が・・・。ただレンズそのものを取り外すこと出来た。しかし、ボデーが大丈夫かどうか心配だ。ゆがんで使い物にならない可能性もあるなとか、様々な思いが駆け巡る。しかし、列車の時間も迫っていることであり、やむなしという気持ちで、このまま、旅行をすることにする、使えない重いカメラと共に。大岡山駅までの道すがら、後悔の念が湧き上がる。自分の不注意でしかないのだが・・・。

   駅に到着、大井町駅までのキップを購入し、列車に乗り込む。睡眠不足と疲れから、寝入りそうになるが、なんとかふんばる。早朝の光が目に差すように痛い。ようやく東急大井町駅に到着、改札を抜け、JR改札を抜けようというとき、この日のセカンドブルーが待っていた。JR改札にいる駅員に、青春18キップを見せて、改札を抜けようとすると、駅員がキップを見て、怪訝な顔をする。うん何だろうと思っていると。「これは7月20日以降でないと使えないですね。」と語る。思わず、心のなかで、えーと声をあげる。キップを見てみると、確かに、有効期間は7月20日からとなっている、まだ使えないキップだったのだ。僕が青春18キップは7、8月とアバウトに思い込んでいたのが不注意といえば不注意なんだけど・・・。思わず、駅員に「昨日このキップを買ったときには、そんな事は何も言われなかった。」と、言ってもせん無きことを、言ってしまったが、あとの祭り、そのままスゴスゴと引き返す。

   しばし、旧型の今井コンピュータをフル回転して考える。しかたがない、一旦自宅に逆もどりし、代替えの古いタイプのPEXTAXのボデーとレンズを取りに戻ろうと気を取り直す。その足取りは鉛のように重かった。やっとのことで自宅まで戻る、壊れたカメラを部屋に置き、代替えカメラを持って、再出発だ。

   そして、久しぶりに履いた靴がどうも調子がよくない。歩くと、土踏まずの部分が当たる感じがして閉口する。なんというか、常に竹筒を踏んで歩いているような感覚とでもいうのか。この感じは旅の最中、常にさいなまれることとなる。

   大井町まで大返しでもどり、京浜東北線に乗る。通勤ラッシュちょっと手前の時間帯だ。なんとか東京駅に到着する。博多行きの往復乗車券と片道自由席新幹線特急券を購入する。指定は取らずとも自由席で大丈夫だろういう予想だ。あと、指定席だと窓際の席が取れなかったりというデメリットもある。新幹線のぞみ博多行きは自由席のホームもガラガラだ、ゆったりと座れそうだ。乗車し、2人がけの座席に荷物を置く。そして、朝食用に弁当屋へと向かう。戻って座席にかけると、やっと落ち着いた感じだ。旅の初めのブルーな気持ちはちょっと薄れたかな。

   弁当に一箸つけると出発だ。天気は曇り。九州は台風が近づいているという心配もあるにはあるが、ケセラセラなるようになる。食事終了後、爆睡モードへと移行。ふと目を覚ますと、新大阪駅の手前ぐらいか。半分ぐらい進んだ勘定だ。あとはトンネルの多い山陽道がまっている。活断層を横切る新神戸駅を通過し、瀬戸物用の粘土や燃料の取り過ぎからか、はげ山となった山々を右手に見、走りに走る。あまりのトンネルの多さから、どこが関門トンネルか分からない始末だ。そして博多駅へと到着する。
〔photo1.jpg:博多駅ホーム〕

   降りると非常に蒸し暑い。とりあえず駅で立ち食いウドンを食す。こちらはそばではなくウドンが普通のようだ。フェリー埠頭に行くまでの道筋を案内板で確認する。距離スケールの無い地図だが、雰囲気的に徒歩30分ぐらいだろうか。駅とフェリー埠頭はバスとか電車で直に繋がってはいないようだ。徒歩でいくことにする。

   博多はちょうど博多山笠の祭りの最中であり、駅前にも高さ10メートルはありそうな山車が置いてある。その前には鑑賞用のパイプイスが数10個おいてある、ゆっくり座って見られるような心遣いなのであろう。山車は雨風除けのための小屋で覆われている。山笠の山車の実物は初めて見たが、中々の迫力である。青森のねぶた人形は横の迫力だが、こちらは縦の迫力だ。まだ、見たことはないが、最近はやりの青森県五所川原市の立ちねぶたと同様な感じなのだろうか。青森のねぶたは竹ひごと和紙で作ったものであるが。博多のそれとかなり違う、なんというか、紙というより、滑らかな布を使っているのだろうか、表面の仕上がり感もリアルで、ちょっと生々しくもある。そこに座っていた関係者らしき方にちょっと聞いてみる。これは観賞用のもので、みこしのように担ぐわけではないとの話である。そうだろう、こんなのかついだら直ちに倒れてしまいそうだ。しかし、このタイプを持ち上げるグループもあるという、一度見てみたいものだ。裏側にも別なタイプの人形があるがあまり表側のテーマと関係がないような印象だ。
〔photo2.jpg:山車の裏側の例(ももち浜ストアとはご当地のテレビドラマか?)〕
〔photo3.jpg:山車の表側の例(菅原伝授手習鑑とある。菅原道真のゆかりの何か?)〕  

 フェリーがつくまで十分時間があるので、駅前の大通りをゆっくりと歩く。途中、何箇所かの山笠の人形を見つつ、福岡港に到着する。この港は、壱岐・対馬はもちろん、五島列島、そして韓国にも通じる、九州の海の交通の重要拠点だ。福岡はオリンピックの候補にも名乗りをあげ、九州の大都市とでもいうべきところだ。
〔photo4.jpg:遊覧船〕

   フェリーや遊覧船の写真を撮っていると、ついに雨がポツリボツリと降ってくる。ついに来たかという感じだ。台風も近づいているし、なんとかフェリーが動いてくれれば良いのだが・・・。小走りで、フェリーの埠頭のビルに入る。中は天井の高い大きなフロアなのだが、冷房が強烈に効いている。こんなに効かせて電気料金は大丈夫なのかと、こちらが心配するぐらいだ。

   全国の港にあるフィッシャーマンズ・ワーフのような感じの施設だ。施設の真中付近には円柱形状の大きな水槽があり、それを階段が周りこむような感じの作りになっている。みやげ物を通過すると、なにやら、不可思議なものを発見。大きな伊勢エビらしきものが数匹うごめいている水槽であった。それだけでは不思議はないが。ただし、水槽の上の方にクレーンがあった!そう、あのクレーン・ゲームの伊勢エビバージョンとでも言うべきものだ。なんともインパクトのあるゲーム機だ。さすが、派手好きな、海洋都市福岡だ、感心しきりである。しかし、動かしているのを見ることは、なかった。1回200円ということであるので、次回行く機会があったら、試してみよう。でも、伊勢えびが取れたら取れたで、果たしてどうしようか・・・。
〔photo5.jpg:MARINE CATCHER〕
〔photo6.jpg:MARINE CATCHER(部分)〕  

 福岡のフィッシャーマンズ・ワーフ(仮名)を通り抜け、壱岐・対馬行きのフェリー埠頭に到着する。目の前には大阪の通天閣のようなタワーがそびえている。フェリーターミナルで、運行状態をチェックすると、一日数便ある高速・高料金のジェットフォイル船は台風接近の悪天候で全部欠航とのこと。今回お目当ての、対馬の東北部の比田勝(ひたかつ)港に渡るフェリーがまだ運行するかどうか未決定だという。対馬に渡るのは、もう一便、壱岐を通り、対馬の南東部にある厳原(いずはら)港にわたる便があるのだが、これも運行するかどうか不明の状態だ。
〔photo7.jpg:博多埠頭第2ターミナル(対馬行きのフェリーターミナル)〕

 時間は十分にあるので、状況がわかるまで待つことに。荷物をおいて、博多駅方向へ向かってちょっと散策する。地図を持っていなかったため、あてずっぽうで、大きな通りから、細い、ちょっと歴史のありそうな道へと入る。山笠の祭りの最中だけあって、ふんどし(しめこみ?)姿、上半身に薄い上着を羽織った男衆たちにいたる所ででくわす。ちょっと肉体に自信のない人は、かなり勇気のいりそうなファッションだ。祭りは非日常の世界だから出来るのであろう。
〔photo8.jpg:沖濱神社(由来によると隕石がご神体だが現在行方知れずとのことである)〕 
〔photo9.jpg:ドラえもん〕

 しばらく歩いた後、フェリー埠頭へ戻る。そろそろ、出港のアナウンスがありそうだ。音がこもって聞きづらいアナウンスを聞くと、どうやら、お目当ての対馬の北東部にある比田勝(ひたかつ)港に向かうフェリーは欠航とのことだ。まあ、台風がかすめている状況であるから、仕方がないとあきらめる。待合室で待っていた100名ほどの中学生らしき団体もこのアナウンスを聞いて、引き揚げてしまった。彼らは今晩、どこにとまるのかしらん、引率の先生方も大変だ。ただし、深夜0時15分出港予定の厳原(いずはら)港に向かうフェリーの欠航はまだ決まったわけではない。そこで夕食を食べつつ、待つことに。

   近くのレストランでフライ定食を食する。普通の味である。そののち、待合室のベンチで、またアナウンスを待つ。待つことしばし、どうやら出港するとの事である。時化で荒れているとの事だが、やむをえない。出港まで、後2時間はあると思い、ベンチに横になったのがいけない。ふと、声をかけられて目をさますと、出港10分前であった。周辺には、その声をかけてくれた船員とおぼしき人を除いて、周りには乗客は誰もいない。もうろうとした頭で、乗船名簿を書き、乗船券を購入する。そして、小走りで小橋(?)を渡り、船に乗り込むことが出来た。いや危ないところであった。

   よろよろと二等船室へと向かう、船室の雰囲気は昔の青函連絡船であったような、カーペットを敷き詰めた大部屋だ。乗客の雰囲気はフェリーだけあって、運送会社の社員風の人が多そうな感じであった、観光という風情の人はあまり見当たらんような。壱岐、対馬という順番で深夜に停泊するため、壱岐部屋と対馬部屋に分けてある。中々合理的なシステムだ。部屋は冷房が強烈に効いている。そうじて九州は全般的に冷房がキツイような印象だ。船内アナウンスで毛布を配っているとあり、これはもらわねばと思い、船員からもらおうとすると、なんと有料で50円だとか。この寒さ一晩中続くということなので、なんか、納得出来ないが50円支払って、毛布を借りることとする。でも、まあ、フェリーにのることも出来たし、あまり船が揺れないようにと祈りつつ、眠りにつく。起きるとはや4時半ぐらいであった。もう港についているが、まだ深夜なので、朝7時まで、眠ることができるという、これまた旅行者にはありがたいシステムだ。


●今日のデータ
○天気 
 曇りのち雨
○日程
 (目黒の自宅)−>(東急大岡山駅)−>(東急大井町駅)−>(東急大岡山駅)−>
 (目黒の自宅)−>(東急大岡山駅)−>(東急大井町駅)−>(JR大井町駅)−>
 (JR東京駅)−>(JR博多駅)−>(博多フェリーターミナル)−>
 (フェリーターミナル周辺の散策)−>(対馬南東部の厳原港行きのフェリーに乗車)
○食事
 朝食:新幹線の中で幕の内弁当
 昼食:博多駅構内の立ち食いそば屋でさつま揚げのせうどん
 夕食:博多フェリーターミナル構内の食堂で魚フライ定食
○宿泊
 フェリーで船中泊