2006年対馬への旅(二日目)
●7月11日(火)
7時ちょっと前、また、船員に起こされる。周りにはもう誰もいない、追い出されるように出口へと向かう。風はあまりないが、大変な土砂降りだ。タラップを傘もささず走るように降りる。そこから埠頭の待合室へ向かう途中は屋根もなく、もうびしょ濡れだ。乗客たちはすでに目的地に出発したのか、待合室には客が一人と売店の人が二人という具合閑散とした感じだ。目の前には雨でかすむフェリーの全体が見える。深夜にあわてて乗り込んで、船体をほとんど見ていなかったので、しみじみと見入る。よくみると、旧青函連絡船の大きさよりは小振りだ。稚内と利尻・礼文を結ぶフェリーと同規模ぐらいか。
〔photo0.jpg:厳原港の埠頭で雨に煙るフェリー〕
〔photo1.jpg:厳原港沖合〕
待合室の端の方の小部屋に入国管理所がある。この港から韓国へ渡ることが出来るという事を始めて知る。おそらく、韓国まで1〜2時間ぐらいだろうか。さすが国境(くにざかい)の島であると感じ入る。 朝食は例によって菓子パンだ。しばらくすると、団体旅行のジジババ集団が疾風のように入ってくる。10分もしないで、フェリーに乗り込んでいく。なんともせわしないように感じる。しかし、後々考えると、この島はそれなりに大きいのに島内のバスとかの公共交通機関はあまり便利ではない、効率的に回るにはパッケージ・ツアーもそれなりにいいかもしれないと、ちょっと考える。
ゆっくり休んだところで、バス停を探しにいく、雨はまだまだ土砂降りだ。靴は例によって土踏まず部分が痛い。雨具、傘の完全防備で、バス停の場所を探しに出かける。大きな道路に面したところにバス停があった。案内をみると、どうも違う方面のバスのようだ。そして、そのバスが向かう方向の道路が、悪天候のため通行止めと看板がでている。その道路に入ろうと、次から次へと車がくるが、みなUターンしていく。雨も土砂降りだし、現地までバスは大丈夫だろうかと多少不安になる。なにせ、目的地である比田勝(ひたかつ)は、ここからバスで2時間半ほど北上したところにあるわけだから。
〔photo2.jpg:厳原港船着場〕
まず、起点となるバス停を見つけないと、付近にあったガソリンスタンドの店員に聞いて見る。どうも、あっち方向にあるのではとか、アバウトな方向しか教えてくれない。おそらく、地元の人はバスはほとんど利用しないので、自家用車しか使わないので、ほんとに分からないものと推察する。ますます強くなる雨の中、10分ほど進む、ずぶぬれの状態で薬局に入り、バス停の事を聞いてみる、二人の従業員は顔を見合わせて、あそこかなとか、ちょっと半信半疑のよう、まあ、方向は間違えないだろうと思い。礼をして、また、雨の中を歩むことにする。
また、しばらく10分ほど歩いて、やっと現地の旅事情に詳しそうな旅行代理店を発見する。地獄に仏とはこのことだ。入店して、聞いてみると、店のお兄さんがバス停の場所を懇切丁寧に教えてくれる、また、礼をして、そのバス停へと向かう、道路の周辺は由緒ありそうな建物が続く。しかし、雨が強く、よってみるゆとりは無かった。ようやくバス停を確認、フェリー埠頭へときびすを返す。
待合室でザックに荷物をパッキングし、カバーをかけ、今度は本当に出発だ。バス停に到着、雨具を着ているとはいえ、雨でびっしょりだ。雨をさえぎる屋根も無いバス停でしばし待つ。定刻の時間が近づいてくると、近くの小さな小屋のような所から、人が数人ぞろぞろとやってくる。どうも、そこがバス停の待合室代わりだったようだ。うむ気付いていれば、あまり濡れなくても良かったのにと、ちょっと残念であった。
バスは定刻どおり到着。乗客は僕を入れて数人ぐらい。最後尾の席にかまえて、衣服を乾かすことに。バスは土砂降りの雨の中、軽快に走る。平地はほとんどなく、山がちな景観がずっと続く。対馬空港を通過し、北側の上対馬と南側の下対馬を隔てる運河にかかる橋を渡る。この運河ができるまでは陸で繋がっていたのであった。しかし、明治政府は軍事的な観点から、上対馬と下対馬を分断するためにこの運河を作ったとの事であった。国境の町の証の一つであるといえよう。上対馬に入ると、気のせいか、人家が少なくなったような感じだ。
道路脇の河川はあふれんばかりだ。何度も冠水した道路を走っていく。ときおり、小さながけ崩れの跡があり、そこを修理している最中の、土木作業の脇をすり抜ける。本当にひどい天気のときにきたもんだ。トンネルを抜けるときは、乗客の喚声(?)が起きる。トンネルの入り口で滝のように水が降り注いでいるのだ。滝に突っ込むと、消防車のポンプで水を浴びせられたような、鈍い衝突音が車内に響く。やれやれだ。
目的地のバス停まであと30分ぐらいの段階で乗客は僕一人だ。貸しきりバスの気分だ。途中、トイレ休憩が一度あり、降り立ったが、このトイレのドアが懐かしい。ヒモと錘と滑車で、ドアをむすんだ、半自動ドア(閉じるのみ)だ。こういう文化はやはり、こういった辺境の地に残るもんなのかとしばし感じ入る。
2時間半の走行を終え、ようやく、バスは終点の比田勝バス停に到着する。雨は降り止まない、初日からキャンプする気持ちはあったが、さすがに気がなえる。とりあえず、バス停を出発し、比田勝港のフェリーターミナルへと向かう。周辺の民宿、国民宿舎の事情等が分かるであろうとの予測だ。20分ほどでターミナルに到着。待合室は僕一人で閑散としている。時間も時間だし、そろそろ今日の宿を決めないと。ちょうどよく、目の前に、国民宿舎の案内のパンフがある。フェリーの改札のお姉さんに聞いてみると、親切にも、国民宿舎に電話して、予約まで取ってもらう。こういう日は人の情けが染み渡る。礼をいい、引き続く土砂降りの中、海岸沿いの道を進む。
〔photo3.jpg:比田勝にて山田(山だ!)ロゴ発見〕
〔photo4.jpg:天に向かう鳥居たち〕
〔photo5.jpg:比田勝フェリーターミナル〕
〔photo6.jpg:比田勝港のイカつり漁船〕
30分ほどで国民宿舎に到着する。3階の部屋に通してもらう、和室10畳ほどの部屋だ、窓際にはチェアがある、ベランダがある、そして、眺めは、湾を望む絶好の場所だ。きっと伊豆あたりの旅館で同じ条件で、1泊2〜3万円見当だろうか。贅沢なことだ。けれども、部屋はぬれた衣類をかわかす乾燥機室となり、風情も感じるいとまもなかった。しかし、濡れた衣類を乾かせ、着替えもでき、気分はスッキリだ。こんな安楽なことで、明日からのハードなキャンプ生活ができるのかちょっと不安になる。
〔photo7.jpg:国民宿舎より遠望する比田勝湾内〕
風呂にも入り気分スッキリしたところで大広間で夕飯だ。同席した客の話を聞くとも無く聞くと、どうも土木関係の仕事で来ているようだ。他の客を見渡しても、観光という感じではなく、商用のような感じだ。まあ、台風が近づいているというのに、島に渡る物好きはあまりいないのかもしれないが・・・。野菜のホイル焼きをロウソクの火でじんわりあぶる旅館恒例の料理やら、刺身やらを堪能する。部屋にもどり、明日の準備をし終わると、即、熟睡だ。
●今日のデータ
○天気
大雨
○日程
(対馬の厳原港ターミナル:対馬の南東部にある港)−>(厳原バス停)−>
(対馬の厳原港ターミナル:対馬の南東部にある港)−>(厳原バス停)−>
(比田勝バス停)−>(比田島フェリーターミナル)−>(国民宿舎上対馬荘)
○食事
朝食:厳原港待合室で菓子パン
昼食:バスの車内で菓子パン
夕食:国民宿舎でアジの干物、刺身等々
○宿泊
国民宿舎上対馬荘