みちのくツアー2007

東京から角館へ (MAP)  1日目第2章 2007.1.1

※写真部へのマウスオンで解説文、クリックで
拡大写真(100〜150KB)が表示されます。

1.1 1.2 2 3 4 5 6 7 8 〔日目〕  EXIT


■ 観桜会の見世物小屋の絵? ■

  しかし、部屋の絵が気にかかる。幼い頃に弘前桜祭りで見た見世物小屋に掛かっていた看板と似たようなものを感じる。部屋の中のその一角は極力見ないようにする事とした。小田野なんとかという作者のサインが読み取れ、中国風の背景が描かれ、そこに一匹の犬のような動物とじゃれ合う子供二人が描きこまれているだけなのであるが・・・。そして、部屋にある大きな鏡台の覆いも最後まで取ることは出来なかった。果たして、どの異世界につながる入り口であったのか、今では知る由も無い。以上のような快適な部屋でこれから2日過ごすこととなった。ただし、絵に関しては後日に名誉が回復されることとなる。お茶休憩の後に周辺の散歩へと向かう。
  すぐに武家屋敷通りの通りの入り口に到着する。マツ、シダレザクラ、モミ等の巨木が覆い被さるように生い茂る。他の武家屋敷で、これほどに木々が生い茂っているところはあまりないのではないか。角館は城を持たない武家屋敷であるので、聳え立つ木々で武士の威厳を示したのだろうという話である。


■ 防火帯 ■



  しばらく歩いた所の橋のたもとに大きなシダレザクラがある。史跡か何かに指定されているようだ。説明パネルによれば、シダレザクラは京都から角館に封ぜられた京都の貴族か武士がもってきた由緒のあるものらしい。この周辺に多数あるシダレザクラはそのときのものから、挿し木かなにかで、増やしていったものであるとの事だ。橋の上から周辺の山々を望む。低い山並みで取り囲まれた盆地のような感じだ。しばらく歩くと火除けという広い通りと交差する。説明パネルによれば、この広い通りは武士と町人の住む場所を分かつものであり、かつ、防火帯でもあるという。日本海側のこの地域は台風並みの強風になる冬の西風により、火事が多数あり、その対策のための防火帯なのであろう。


■ 比内鳥うまし ■

  広い敷地をもつ○○家、××家を見学、撮影していく。実際に人も住んでいる家も多いようであるが、本当に落ち着いて良い通りだ。正月期間であり、家の中を見学出来ないところが多かったのは残念ではあったが。小腹が空いたので、小さな土産物屋で秋田名物の比内鳥(ひないどり)の串焼きを食する。しっかりとした噛み心地の美味しい肉だ。通りの幅は四車線分まではいかないが、三車線分ぐらいはあるという広々としたものだ。 火除け通りと同様に、火事の事を考慮して、この幅になったのであろうか。 一時間ほど歩いて武家屋敷の端に出る。かつては、その先まで武家屋敷があったらしい。かなり日も暮れてしまった。より幽玄な雰囲気が深まる家屋敷通りであった。


■ 懐かしいトイレ ■

  駅に向かい、夕食用の弁当とビールを購入する。日のとっぷりと暮れた道を歩き、T旅館に到着する。部屋に戻り、キーをもらっていない事に気づく。部屋には錠がついているのだが・・・。他に客もいないようダシ、貴重品はいつも身につけているので、カギをかけずとも問題ないだろうと判断する。旅館の主人のいる下階に行くのも面倒であるということもあったが・・・。夜中にトイレに出てもカギさえ掛けなきゃ大丈夫。
  トイレが興味深い。階段状になった水洗和式トイレ(大用)に硬質プラスチックの洋式便座をのせている。固定する所が無くて多少不安定だが問題なく使用できる。寒い冬に和式トイレで脳卒中等がよく起きたので、簡便な洋式で、その対策をしていたのだろうと推測する。今では中々見られない貴重な物件ではないだろうか。
  フロの時間となり下階の浴室へ向かう。脱衣場と浴室が石油ストーブで暖めてある。冬の寒いときの着替えには、とても有難い心遣いだ。寡黙なあまり接客業向きではないような旅館の主人にちょっぴり高倉健のイメージがかぶる。不器用ですから・・・。客はどうやら僕一人であるようなので一日の疲れをゆっくりといやす。部屋にもどり、一人ビールと弁当で乾杯して、コタツに入りながら明日の計画を練る。その後、布団に入り込み、特に絵から飛び出た幼児にうなされることもなく、熟睡する。


初日第1章へ 初日第2章 2日目第1章へ EXIT